はとりの



纏わりつくような蒸し暑さに一条の汗が、首筋を伝った。
億劫そうに首を振る扇風機が、微温湯のような風を運ぶ。
若い頃は夏でも涼しい顔をして過ごせていたと云うのに。
倦んだような夏が容赦なく倦怠を分泌する。

やがて騒騒しい足音がしたかと思うと、大きく音が響いて空気が揺れた。
乱れた銀糸に片手を差し込み、颯爽と現れたのは綾女。
隣に立つのは、繊細な刺繍が施された短いフレアスカートを
恥じらうように翻した紫呉だった。

絶対領域に覗くガーターベルトにブッ、と飲んでいた麦茶を吹きかける。
着衣の隙間から、ちらちら覗く赤い条痕が妙に艶めかしい。
己の記憶が確かなら紫呉の性別は男であった筈なのだが。
暑さで脳がやられてしまったのだろうか。
突如起こった異変にどう反応していいか戸惑いながら
俺は力なく、綾女の肩に手を置いた。

「何でこんなことになったのか、教えてくれ。綾女」

「Yes, Sir!勿論だともっ。聞いてくれたまえ、とりさん!!」

汚水のように広がってゆく名のない憂鬱を感じながら、
俺は額に手を当てて、嘆息した。
激しい頭痛と眩暈を覚えながら、黄水晶の瞳を爛々と輝かせる
綾女の次の言葉を待つ。

「男のロマンを具現化した新作が届いたのだよ!
これはもう誰かに着せねばと思っていたところに
丁度ぐれさんがやってきてね。あれよあれよという間に
美音が着せてしまったのさっ。しかしどうだい。
ぐれさんは美人だし、存外、似合っているだろう?」

指を立てて得意そうに云い放つ綾女に、
紫呉が喉を詰まらせたような息を洩らした。
その動きは何処までもぎこちない。

「………」

俺にそんな趣味はない。断じてなかった筈だ。
そう思っても、紫呉のたどたどしい動きを可愛く、
いじらしく思ってしまうのも事実なわけで。
失神に近い虚脱を感じながら、諦めたように肩を落とす。
もはや、彼らの間には常識が欠落していた。
これ以上、追及してはいけない。見なかったことにすればいいのだ。
そう考えることを放棄しようとした次の瞬間。
綾女の言葉に、俺は慄然とした。

「おおっと!もうこんな時間ではないかっ!
この後、約束が入っていてね。とりさん。すまないが
ぐれさんと、男のロマンを愉しんでくれたまえっ!」

「っ、おい待て!俺を置いて行くな!綾女……ッ!!」

悲痛な叫びも虚しく襖が閉じられる。
あとに残されたのは俺と紫呉、二人のみ。
夏の強い陽射しが嘲笑するかのように、障子や本などあらゆるものの上へ
無慈悲な程の輝きを白く、注いだ。

俺の理性は果たして何時まで保つのだろう。

裡から迫り出してくる欲望を如何にか封じ込めようと呻きを洩らすと
紫呉は静かに溶けつつある俺の上で甘い息を吐いた。

「……はぁさん」

紫や銀の埃が宙へ舞う。刹那、一瞬に世界が瓦解して。
俺は何かが失われたのを感じながら下へ、さらに下へと、音もなく沈んだ。