フィステラの道5   7月15日(金)     セー - フィステラ

 キッチンでスープを作り、パンをたくさん浮かべ、ヨーグルトも食べて朝飯とする。残りのパンにチーズをいっぱい挟んでボカディージョを作り、これは昼の弁当だ。アナは近くでデサジュノ(朝食)すると言って先に出発していった。上のベッドで寝ている千春さんにパンと残ったフルーツ缶とヨーグルトを食べてくれるように伝えて8時に出発する。

 5,6分歩いたところで道路の反対側からスマホでこちらを撮っているアナを見つける。もしかして待ってたのか?これで3回、いつもアナとはこんな出会い方をしているので本当に待っていたのかも知れない。女性のソロは危険と不安が付きまとうので、常に道ずれを求めているのは想像に難くない。こちらも道連れがいるのは願ってもないので一石二鳥だ(使い方合ってる?)。いつものように、そこからは一緒に歩いていく。

 急坂の丘を越えて次の村に入る手前に大きなアルベルゲがあった。へー、知らないアルベルゲだよ。しかもこんなにでっかい。看板を読むとアルベルゲ・サン・ロキと書いてあり、通年開いているとも書かれている。大きさから言ったら公営ぽいが、公営を示すムニシパルの文字がどこにも見当たらないので違うのかな?

 村に入った道端に子猫がいた。動物が大好きなようでさっさと抱きかかえだした。可愛がっても連れてく訳にはいかないのだがな。案の定、ひとしきり可愛いがってから道端に戻してもアナの後を付いて来ようとする。付いてきちゃダメですよーと言う感じでまた元に戻し、それを数回繰り返してから子猫が何かに気を取られてる隙にバタバタと逃げるように振り切る。

 林を突っ切ると海が見えるところに出る。真っ青な海の向こう側にフィステラの町が小さく見える。町の後ろが小高くなっていて、その向こう側がフィステラ岬で旅の終わりだ。ここで写真を撮っていたペリグリノに、アナと一緒のところを写真に撮って貰う。

 ほどなく海岸沿いの広い通りに出る。走っている車もほとんどないし、舗装された海岸線を歩くのは気持ちがいい。私にとっては2か月以上を旅してきた果てのエンディング感が強く感じられ、まるでウィニングランとして用意されたような明るい道路だ。

 海岸沿いのキャンプ場を過ぎるとビーチの砂浜にバルが現れたので、もうフィステラに着いたも同然だから祝杯をあげる。私はもちろんビールでアナはアクエリアスだ。ここは私がおごったる。つまみに持参のナッツを出したらムイビエンと言って、盛んにポリポリと食べてくれる。自分が出した物をこれくらい遠慮なく食べて貰うと、こっちも気持ちがいい。二人とも靴紐をゆるめてゆっくりのんびり過ごす。

 公営アルベルゲに到着したが、オープンにはまだ時間があるので暫らく待つことになった。先着はどっかのカップルが扉の前に座り込んでいるだけなので、隣にザックを置いてバルに行くことにする。千春さんお勧めのバルがすぐ近くにある筈なので、見渡してみると教わったとおり、半地下で一段下がったところにバルがある。私はまたビールを1杯もらう。ビール1杯につきタパス(小皿料理)を2皿も出してくれる。これも教わったとおり、サービス満点のバルのようだ。昨日、ここでテイクアウトした料理をセーで食べて美味しかったことをアナに伝えてもらう。それを聞いたオーナーは嬉しそうだった。ここの勘定はアナが持ってくれた。一人で歩いてばかりだから、奢ったり奢られたりは少し煩わしいが楽しいからいいや。アルベルゲでチェックインしてからここで昼飯を食べることにしたので、その大物支払いをどうするか今から悩む。

 オープンの1時が近くなってきたのでアルベルゲ前に戻ってみる。でも、1時かと思っていたが本当は1時半のオープンだった。開くのを待つ人もだんだんと増えてきて、その内の一人が握手を求めてきた。一呼吸おいて、あー、オルベイロアで一緒になった足に障がいがあるサイクリストだと思い出す。ウィス アルベルゲと言ったら、オルベイロアと返してきた。このお兄ちゃんは細やかな性格に加え笑顔が素敵だ(右の人)。


 時間になったのでチェックイン開始。私はバックパックで順番を取っておいたとおり3番目なのですぐだ。フィステラーノ(フィステラへ徒歩で到達した証明書)も問題なくゲット。アナは宿泊はしないがフィステラーノの発行はこの公営アルベルゲでしか出来ないのでスタンプを集めたクレデンシャルを出して申請する。アナは来る前からこれが貰えないんじゃないかと心配していたが、同じだけ歩いて来たんだからまったく問題なくアナもフィステラーノをゲットできる。半信半疑だっただけに嬉しそうだ。何故かと言うと、証明書をもらうには徒歩で100㎞を歩いたことが証明されなくてはならないと思い込んでいたらしい。それはサンチャゴでの証明書発行の条件で、フィステラの道には適用されないのだ。

 先ほどのバルへ今度は昼飯を食べに行く。私は白ワインのデカンタで、アナは水をチョイスした。酒が飲める日本人には信じられないだろうが、ヨーロッパの人は酒が飲める人でも水を頼む人がいる。もちろん、水もワインも同じ定食料金の中に入っているので、ワインを頼んだからと言って割り増しが付くことはないし、水で割り引かれることもない。

 1皿目は前から食べたかったピニエント デ パドロン(小ピーマンの素揚げ)、本当はパドロンに泊まった時にこれを食べたかったがチャンスがなかった。でも、ここで食べられるだけでも満足だ。2皿目はプルポ(たこ)、デザートには小さいオレンジが2個ゴロンと出てきた。一人10ユーロをアナの分も出したる。この後はフィステラ灯台までの片道3キロを歩いて行くので、アナのバックパックを預かってくれるか交渉。もちろんオーケー。私が一人で交渉するとしたら身振り手振りで騒ぎだろうが、スペイン人同士なので何てことなくクリアできる。私のは既にアルベルゲに置いてあるので、水ボトルだけ持って歩き始めるが、アナはボトルを持ってこなかったな。

 暑い暑い、少しでも日陰を歩きたいので反対側の車道でもどこでも歩いていく。ボトルの水は既にお湯と化している。アナに最初に飲ませてあげようと勧めてみたが、いらないそうだ。珍しく遠慮してるのかな?

 中間地点あたりに水場があって日陰になっているので、そこで一息つきながら、やっと灯台に到着。普通の観光客がいっぱいいる。昨年は沈む夕陽だけ見て帰ってしまったので、今回は灯台の中や突端の崖っぷちにあるオブジェ迄念入りに見ておく。

 アナが盛んに自分のスマホで撮ってくれと言ってくる。アナはポーズを取るのが上手なので感心する。欧米人はそういう人が多く、見事にポーズを決めたり満面の笑顔で撮られたりしているが、日本人は照れ隠しにピースをするのがせいぜいだ。私のカメラはモニターがクルリと回転して自撮りが出来るのだが、いつも苦虫を噛み潰したようなしょーもない顔しかできない。アナは自撮りするときも弾けるような笑顔とポーズを決めている。大きな岩の上で私に自分のホタテ貝を持たせて撮ってくれ、それは今回の旅で一番のお気に入りになった。

 心ゆくまで見物したので、また暑い中をフーフー言いながら帰って行く。途中の水場で我慢ができなくなったのか、湧水をゴクゴク飲みだしたので内心心配した。あとで貰ったメールには、少し下痢をしたと書かれてあったから、やっぱり湧き水はやたらと飲まないが身のためだと再認識する。

 アルベルゲに戻り、一息入れてから近くのバルでビールを飲む。アナが家で良く飲むという酒の話になったが良く分からないでいると、店の人を捕まえてその酒を注文したようだ。小さなグラスで一杯飲ませてくれる。甘いコーヒー牛乳みたいだが17度あるそうだから日本酒くらいか。口当たりがいいが、見た目より強いので小さなグラスで飲むんだとか。ここの支払いはアナが持ってくれた。


 アナは今日のうちにコンポステラまでバスで戻り、そっからは自分の車を運転してア・コルーニャに帰るそうだ。今日のうちに自宅かよ、羨ましい~。ここ、ヨーロッパの西の果てから極東と呼ばれる日本へ帰るには超特急でも最低3日は掛かるだろう。

 バックパックを預けてあるバルに受け取りに行く。アナはお土産を買った近くの店にスティックを忘れてきたそうなので、それも取りに行く。ちゃんと保管しておいてくれてた。7時のバスを待っていると、やがてとても大きなバスがやってきた。夕方コンポステラへ帰る人は余りいないようで、ガラガラだった。アナが握手しようと手を出してきたので、禁を破って今度ばかりはこちらからハグしてお別れする。ばいばい、アナのお陰で楽しいフィステラの道になったよ、Ana muchas gracias。

 明日は自分がこのバス停から乗って帰るので時刻表をチェックしておく。9時45分のバスがカテドラルのミサに間に合うので具合が良さそうなのが分かる。よし、明日はこれで帰ろう。頑張って歩いたお陰で日程が1日余るので、フィステラに来るまではここフィステラで2泊しようかと思っていたが、来てみたら思いのほか騒がしいのでコンポステラに戻ることにした。慣れたメノールのアルベルゲでゆっくり2泊することにしよう。

 アルベルゲ隣のスーパーで1リットル白ワイン、バケツ野菜、8Pチーズ、OIKOSヨーグルトで5ユーロちょっと。食料を買ったとこだけど、昨日作って置いたチーズをたっぷり挟んだボカディージョがまだ食べてなかったことに気づき、レンジでチンしてカット野菜も追加して挟んだら、チーズも良い具合に溶けてかなりいけた。硬くなったパンはこうして食べるのも良いかなと新たな発見をする。

 狭い食堂スペースで食べていたら、オスピタレラのお姉さんが私の名前を呼んで、あと少しでこのブースは閉めると伝えてきた。エッと思ったけど、日本人は私一人だけなので受付簿を見れば名前が分かるのだろう。食べていた物をすぐ片付けたら、あちらもすぐ閉める作業に入った。千春さんが受付の女性は凄い美人だったと言ってたのを思い出し、一緒に写真を撮っていいかと言ったら、二人とも機嫌よく入ってくれた。

 もう巡礼的な歩き方はしないので、使っていた2本のスティックを縮めたいのだが、このスティックは簡単には縮まらないのだ。2箇所ある縮めるためのリングが硬いの何のって、容易に回せないのは昨年から経験済みなのだ。どっかに工具を貸してくれるところがないかなぁと町をさまよう。自転車や車の修理工場のようなのは一切見当たらない。アルベルゲから大分離れたところまでやってくると、家の前で中高生くらいの少年が数人固まっているのが見えたので近づいて行くと、ビックリして緊張している。アルベルゲの近くなら東洋人も珍しくないだろうが、これだけ離れると珍しいのかも知れないな。驚かしてごめんよ。ティエネス・ペンチ?と言ってみるがペンチはスペイン語で何て言うのかな。そうなったらここは身振りしかない。挟んで回す仕草を繰り返したら通じたようで工具ボックスを持ってきてくれる。が、この中にペンチもプライヤーもなかった。年長の大柄な子は力自慢らしく回そうとするも歯が立たなかった。仕方ないので一旦あきらめ、ムチャス・グラシアスと言って少年たちと分かれる。まぁ、明日もあるのでマドリッドに行くまでに縮められればいいや。

 そのあと自分で回してみたら、なんと全ての関節がまわる。え、どうして?少年たちが力いっぱい回そうとしたお陰で緩んだのか?でもこれには回し順があったのかも知れない。今までは上の関節だけ回そうとして回らなかったが、下の間接を緩めてから上を回したら、そんなに苦労することなく回ったからだ。知らなかったがそういう仕組みがあったのかも知れない。何はともあれ、スティックが縮められたので一件落着だ。

 ヒマ潰しに港をブラブラしてみる。もう10時近いのに薄明るく、人も普通にたくさん出ている。時間も時間だしやることもないので寝ることにしてアルベルゲに戻ってみると、全てのベッドがモヌケノ空だった。みんなバルで飲んでいるかフィステラ岬でサンセットを見ているのだろう。ここのアルベルゲは独特のルールがあって、受付事務室やキッチンのある管理棟とベッドルームがある棟には空間があって、そこは外から直接入ることができる。勿論、安全のためにベッドルームに入るには扉に設置してある数字ボタンを間違いなく押さないと入ることができない。フィステラ岬のサンセットを見に行く人のための粋な計らいと言うことだ。巡礼最終地なので早起きすることもないし、みんな夜更かしし放題だ。


フィステラの道6へつづく