プリミティボの道16 Monte do Gozo - Santiago de Conpostela サンティアゴ到着 7月4日 早朝5時半、キッチンに前の人が置いていった米が沢山あるので、鍋を使ってスペインで初めて米を炊いてみる。硬くて食べられないより軟らかい方がマシなので水を多めに入れてみるが、それでもまだ足りなかったので途中で水を追加してみる。塩を二つまみ入れたら手ごろな塩気になった気がする。おかずは昨日の残りのカット野菜にスープの元を振りかけてみる。で、出来上がったのがこれ。これ人間の食べ物か!? キッチンにはコラカオの粉もあったので、これにお湯を入れて飲み物は完成。コラカオは本来、暖かい牛乳に入れるものだが、そんな結構なものはここにはない。やっぱりお湯だけだとコクがなくて物足りないな。 明るくなり始めた7時15に出発する。モンテ・ド・ゴソは何百人も泊まれる巨大アルベルゲだ。上から見下ろすと宿舎棟がこれでもかと言うほど並んでいるが、私は昨夜泊まったこの1棟が開いているのしか見たことがない。これから夏休みを利用した巡礼がごっそりやって来ると(ゴソだけに)全ての棟が使われて、それは賑やかになることだろう。そんな活況も見たい気がするが、きっとウンザリするだけだろう。 ゴソからカテドラルまでは約5キロしかないので散歩気分で歩くことができる。早朝なので歩いている巡礼者はチラホラしかいないのがいい。見覚えのない所に来ると、あれー、こんなとこあったかなぁとも思うが道には巡礼路を記すプレートが納まっているので間違うと言うこともない。8時20、オブラドイロ広場に到着。いつものように「あー着いちゃった」の感想しかない。相変わらず工事用足場が組まれているのもご愛敬。3年通っていて正面入り口から入れたことがない。 今回はプリミティボの道と言うのを歩いてきた訳だが、その道はアルフォンソⅡ世と言うアストゥリアの王様が千年以上前に初めてサンチャゴ巡礼を行ったと言うことで、その道が「最初の道、原始の道」と言う意味で「プリミティボの道」と言う名前で現在まで続いている。広場から少し離れた所にアルフォンソⅡ世の立派な石像があって、それは私の定宿アルベルゲ・メノールへ行く途中にあるので何度も目にしていたが、今回初めてそれがアルフォンソⅡ世のものだと知った。アルフォンソⅡ世って、サンチャゴではとても大事にされてる人物だったんだな。プリミティボの道を歩かなくちゃ、ずっと知らずにいたかも知れない。 さて、問題の巡礼事務所にやって来た。今回の巡礼証明書のほかに、無くしてしまった銀の道の証明書も書いて欲しいと言う文をgoogle様に翻訳してもらい、タブレットに保存してある。それを見せながらお願いすると、オーケーらしいことを言っているので糠喜びする。ササッと1枚書いてくれて、距離証明書はどうするのかと聞いてるらしいので、それもお願いする。だが、手元にやって来た2枚を良く見ると銀の道のがない。銀の道のは?と再度尋ねると、それはどうやら駄目らしい。ガチョンと思ったがこれは想定内だからあっさり諦める。だったら320kmしかないプリミティボの道の距離証明書なんかいらなかったんだけどな。空喜びしてバカみた。 次の課題。同じ建物の中にあるスペイン国鉄Renfeの出張所に行ってみる。交通機関を利用するときはアヤフヤなスペイン語を喋って間違ったチケットを買ったんじゃ一大事なので、今回も乗る日にち、行き先、午前の意味でAMと書いた紙を持っている。9時オープンまであと15分あるのでカウンターの前で待つことにする。昨年の係の女性は凄く親切で感じが良かったので、同じ人が来ないかなと期待したが、やって来たのは男性だった。もう5分前だし暇そうにしてるので声を掛けてみるも何の反応もしてくれない。うーん、これは外国では良くある勤務時間以外は絶対に仕事をしない男のようだ。案の定、9時ぴったりに応対をし始めた。目の前で話しかけている人間をこうも無視できるこの男、相当にツラの皮が厚いと見た。 昨年はマドリッド行きのチケットの他に3枚も購入したが、今回はマドリッドのみの1枚だけだから簡単だ。でも、前の窓口の人は通路側がいいか窓側がいいか案内してくれた他に、パソコンの時刻表まで見せてくれたんだが、今日の係は木で鼻をくくるような事務的な応対しかしない。提示されたマドリッド行きが6時と早朝なので、他の時間はと聞いたらマドリッドへはそれ1本だと言われる。そう言えば昨年もそんなことを言われたなと思い出す。ま、サービスの悪いのは置いといて無事にチケットをゲット出来たからいいや。マドリッドまでは600km以上あるので59.40ユーロ(ちなみに巡礼路を歩くと689.9km)。円なら7,000円以上か。カードで支払うと言うと、ユーロにするか円にするか大体聞かれる。6時にサンチャゴ駅を出発してマドリッド着は11時9分とのこと。朝は早い分、到着は手ごろだ。 ※お役立ち情報 カード支払いだと両替手数料もATM使用料も掛からないのでお得です。カードが使えるところはカードで払いましょう。 事務所を出て広場へ向かうところでフリアンと再会する。フリアンはいつものお気楽スタイルではなく軍隊の制服に身を包んでいた。Tシャツとベレー帽はフリアンの部隊の象徴らしい。フリアンは落下傘部隊に所属していて、当時の写真を見せてくれてたのですぐ分かった。サンチャゴ到着なので正装して臨んだんだろう。一緒に巡礼事務所に戻って、バルに行こうと誘われるがメノールにチェックインしてバックパックを預けたいからと別れる。メノールは6月に来たときより1ユーロ値上がりして14ユーロになっていた。巡礼最盛期の7月は値上がりするらしい。ぼったくりだ、セミナリオ・メノールの名が泣くぞ。 ベッドルームは残念ながら3階(日本の4階)のB3038だった。1階余計に上るのが意外と辛いんだよな。この時間メノールは掃除の時間だからベッドルームに行くことはできない。バックパックは地下のキッチン前に勝手に置かせてもらってカテドラルのミサに行くことにする。昨年まではこのキッチン前のロッカー付近には沢山のバックパックが置かれていたが、今年は殆ど置かれていないので、置くなと言う張り紙でもあるのかなと思って見渡してみたが何もないようだ。でもきっと何かそういう制約が発行された気がするが、他に手が浮かばないので今回も置いておく。勝手に片づけられることもないだろう。 まだ10時半で巡礼者の為のミサは12時からだが、1時間前に行っても座れないときがあるので暇なら早めに行くに限る。フランス組がいたので、早く行かないと席が無くなることを身振りで伝えてあげる。 カテドラルのミサではその日11時までに到着した巡礼の出発地と国名をアナウンスする。サンジャンとハポンは聞き取れたが、私のオビエド・ハポンは聞こえなかった。まぁいつものことか。今日も運良くボタフメイロのぐるんぐるんが見られた。 ミサの後、明日から歩き始めるフィステラの道のマップを手に入れたかったので案内所を探していたらバルのテラス席にいたフリアンから声が掛かる。フリアンとは本当に良く会うので不思議なようだ。ワインとつまみをまた奢ってもらってしまう。もう会うことはないだろうなと、和風マリアカードの裏にサインをして進呈する。これを最後にフリアンと会うことはなかったが、フェイスブック繋がりになっておいたのでネットでの付き合いは続けることができる。 カテドラルから少し歩いたところにスーパー・ガディスがあるので買出しに歩いていく。ガディスは今日はオープンしているが、サンチャゴは都会なのに日曜日は必ず閉めてしまうというスペイン丸出しのスーパーだ。1リットルビール、カット野菜、ヨーグルト4に明日用に甘いパンを買って5ユーロちょっと。メノールが14ユーロもしたので、一日の目標支出額の20ユーロにすぐ手が届いてしまった。公営アルベルゲなのに14ユーロは勘弁してくれ。暑い暑いと言いながらメノールに帰る。 キッチンでカット野菜にサイコロチーズを振りまいてレモン味のヨーグルトで味付けしたら結構いける味になった。この組み合わせは気に入った。パンは買ったのじゃなくて昨日のが残っているので、まずそっちから食べなくては。 近くのテーブルに会うたびに愛想良くしてくれるカップルがいたのでビールを1杯飲ませたる。どこで会ったのか記憶にないのだが、向こうは覚えているようだ。東洋人は目立つのでこれもあるあるだ。 メノールには誰でも使えるWi-Fiがあるのが一番のメリット。ネットからフィステラとムシアの情報を掻き集めてメモしておく。今回は坐骨神経痛のお陰でポルトガルの道をカットしたので日にちが沢山余っている。フィステラ・ムシアを一周してサンチャゴに歩いて戻るか真剣に考える。過去2回は先にフィステラに行ったが、今回初めてムシアに先に行くことにしてあるので、そのルートは初めて歩くのでちょっと楽しみになっている。それにこの道は日数がいっぱいあるので連泊も入れられる。両方の地にどんな私営アルベルゲがあるのかも盛んにチェックしておく。私営の殆どは10ユーロと安めだし良さそうなのが沢山ありそうなのが嬉しい。なのに公営のメノール14ユーロ高すぎ。 プリミティボの道おしまい 明日からはフィステラの道へ |