フランス人の道5   訪ねて来たアミーゴ

5月14日 歩き21日目
 6時起床。キッチンでインスタント玉ねぎスープを電子レンジで作ってパンを浮かべる。チーズとチョリソーも少しずつ食べ、最後にインスタントコーヒー。コーヒーを飲むと何だか凄く満たされた感じになれる。

 出発準備をしてたら日記帳がないのに気づく。日記帳には巡礼のパスポートとも言われる大事なクレデンシャルも挟んであるし、日記帳がないと帰ってきてこうしてホームページを作ることが難しい。昨晩一時行方不明になった歩数計よりよっぽど重要だ。一瞬焦るが今回は早く見つけることができた。帽子に挟んどいたことをすっかり忘れてしまってたのだ。ここに仕舞うんだと意識的に記憶すれば忘れないが、何気に置いてしまうと記憶に残らない。これは日本にいても良くやってしまうこと。旅先では一層気をつけなくてはだ。

 7:10、小雨の中を出発。でも青空も所々に顔を出しているので大したことはなさそうだ。2時間歩いてオスピタルデオルビコの有名な橋が現れた。4年前に幸運にも中世の祭りにでっ食わした思い出の町だが今回は素通り。それも何なんで泊まった公営アルベルゲ前で記念写真を撮ろうとしたら通りかかった巡礼がシャッターを押してくれると申し出てくれ撮った写真がこの一枚。今日も雨合羽スタイル。

 オルビコ町の出口から道はふたつに分かれる。多くの人は右を選んで行くが、そっちの道は歩いたことがあるので今回は直進することにする。たった一人だけ私の前を歩き出した男性がいたのでそれに続く。でもだーれも後ろに続く人はいなくて、全員が別の道を選んだようだ。きっとガイドブックには右の道の方をお勧めしてるんだろう。

 また雨が降ってきたので急いでバックパックにカバーを被せる。どこでもう一本の道と合流するんかなーと思いながら歩いて来たが、ずーっと歩き続けた先にある十字架の高台だった。ここかぁ、じゃぁ寄付で果物やら飲み物を振舞ってくれる奇特な男性のワゴンはこっちの道では通らなかったんだなと分かり、ちょっと残念な気持ちになる。

 小雨の中、十字架の台座に座ってどっかのおっちゃんが得意顔で盛んにギターを弾いている。近くには車が停めてあるので、あれでやってきてはここでギターを披露してるようだ。て言うか小銭集めか?雨に濡れてギターが傷むような気がしてならない。大きな十字架をフレームに入れて坂の下の町を撮りたいのに邪魔くさいったらない。そんな最高の場所に頑張ってないでどっか他所に行ってくれよ。

 坂の下の町はアストルガかと思い込んでいたが、まだ手前の町だった。ここで本降りになってきて凄い雨量になる。さすがにこの勢いの中は歩きたくないので小さな庇がある所に避難する。みんな考えは同じようでこの雨の中を歩き続ける人はいなそうだ。小降りになって来た所で出発。前後にぱらぱらと巡礼が歩いている。この辺りの巡礼路は変更になったのか、さっぱり記憶になかった。でも単に忘れてるだけかも知れない。しばらく行くと一度見たら忘れない無駄にでっかいジグザグ歩道橋が現れて、その天辺からやってきた方角を見たら、確かに巡礼路は変更になったのが分かった。

 ASTORGAの町中に入って来て急坂を上り終えたらそこが公営アルベルゲだった。記憶ではアルベルゲから向かって右側の道から進入した気がしてたが実際は左からだった。まったく当てにならない記憶だ。アルベルゲ前にはトランクを担いだ旅人の銅像があるが、カウボーイハットにトレンチコートと、どっから見ても巡礼には見えずにアメリカ版虎さんだ。巡礼を見たことも聞いたこともないアメリカ人彫刻家にでも頼んだんじゃないのかね?

 ここは百人くらいは泊まれる巨大アルベルゲ。ご多分にもれず受付や案内してくれるオスピタレロはとても事務的で余りいい感じはしないのが残念。ボビーが出迎えてくれ、ここは5ユーロとアルベルゲとしては最安。通されたベッドルームにはボビーがいたが、2段ベッドの上段だったので「私は68才なので下段がいい」とお願いしたら「みんな68だ」と訳の分からないことを呟きながら、でも新しい部屋を空けてくれ無事に下段ベッドをあてがわれる。最初に通されたベッドルームには若いのが下段に数人いたので、年齢に関わらず来た順番にベッドをあてがっているだけなのが分かる。アルベルゲによっては若いのは上で年配は下と割り振ってくれる所もあるのだが、ここはそういう配慮はない。まぁ若い人からは若くても年配でも同じに疲れてるんだと言われそうだが。


 シャワー、洗濯が済んだら3年前は入れなかったガウディの巡礼博物館に行ってこよう。入場料は5ユーロだった。巡礼博物館だから巡礼割引がないかなと期待したが、そういうことはなかった。中はまぁこんなもんかと言う程度で大したことはなかったな。目玉にサグラダファミリアの紹介をデデーンと据えてるのは如何なものかと思った。でもここに入るのは楽しみにしていたので入れただけで満足。

 アストルガは割と大きな町なのでスーパーも大きめなのがある。確かこっちだったよなと3年前に利用したスーパーを見つける。期待してた冷凍の米もちゃんとあった。米の飯久しぶり~。トマト2、オイコスヨーグルト2、ビスケットに1リットルビール、バナナ2本で7ユーロと少し。栄養を補給したかったので、久しぶりに今日はバルの巡礼定食を食べようかと思っていたが、どこも12ユーロと高めなので止めた。やっぱりスーパーは安上がり。2食分買ってもこのくらいで済む。米は半分をチンして残りは朝飯にする作戦だ。オイコスのヨーグルトは私にしては高級品の部類だが定食を食べなかった分と思ってささやかな奮発をしてみた。ホントにささやか。

 アストルガはちょっとした観光地なので、アルベルゲの中でごろごろしているのが勿体無い気がする。そうだ、アストルガはチョコレートの町なのを思いだし広場に行ってみる。角にチョコレート専門店があったので一番安い1ユーロのミルクチョコとコーンアイス1.5ユーロを買って広場のベンチに座って頂く。チョコの味はガーナミルクチョコみたいだ。なんだ日本のと変わらないんじゃん。アイスは普通に美味い。普段はこんなことしないので、これだけで観光してる気分になって気分が華やぐ。そこへボビーが登場。スーパーを探しているそうなので、自分が買ったスーパーを教えるがもっと近くにもあったようだ。ボビーが明日はラバナルデルカミーノにイギリス人経営のアルベルゲがあるからそこに泊まろうと提案している。ボビーはドイツ在住のイギリス人なので同国人のアルベルゲに泊まりたいのだろう。自分もそこを目指すと言ってみる。ボビーの後姿を見たら足を少し引きずっているな、今まではそんな素振りはなかったので、昨日辺りに痛めたか。みんなそれぞれ何かしら抱えて歩いている。なーんて言ってて自分も2日後に同じ目に遭うことを今は知らない。

 夕方、ネットをしていたら昨年のプリミティボの道で仲良くなったJulianからチャットが入った。フリアンはスペイン語しか喋らないがチャットなら翻訳が使えるから何とかなる。文字でやり取りしている内に、どうもこのアルベルゲの前に来ているようなことを言い出した。えっと思ってタブレットを持ったまま玄関の外へ出てみたら、そこへフリアンが!!えーっ、本当に訪ねて来てくれたのかフリアン。昨年、一緒にいる内から「来年、スペインに来るなら教えろ」と言っていて、数日前から会いに行くようなことを言っていたが、可能性としたら50%くらいかなと思っていた。でもフリアンは本気で会う気でいたようだ。フリアンの住まいはここから約40キロのサモスという古い町。昨年、プリミティボの道の前に歩いた銀の道上にある歴史ある美しい町だ。そこの公営アルベルゲにも泊まったことがある。そこから1時間車を飛ばして会いに来てくれたそうだ。フリアンの友情に感謝。二人して広場を通り越した所にあるバルに一杯やりに行く。ワインとハムやチーズが盛られた大皿を注文してくれたが、さっき米の飯を食べてしまったので残念ながら余り食欲がない。

 マドリッドの宿の予約が不安定だったので、もしJulianに会ったら電話をしてもらおうと思っていたので頼んでみる。フリアンもこちらが何を希望しているのか理解しないと電話ができないので、翻訳を使いながら細かく打ち合わせ。フリアンのスマホには音声で翻訳してくれる機能があるので翻訳も早い。こちらから伝えることは「1、クレジットカードが有効でないのなら行ってから現金で支払う。2、予約した日には必ず行く」の2点。さてマドリッドのオスタルに電話すると大きなスペイン語でキビキビと交渉してくれている。内容はさっぱり分からないが事前の打ち合わせどおりに話は進んでいるようだ。電話が終わってから「何も問題ない」と嬉しいことを言ってくれる。ありがたや。

 フリアンに会えなかった場合は数日間を一緒に過ごして「マドリッドで何か困ったらメールして」と言ってたエレナおばちゃんに何とか連絡をしようと思っていたが、これで一件落着だ。それでもまだ自分が電話で交渉したんじゃないので現地に行って確認するまでは一抹の不安が残る。

 Julianはこの後予定している「ポルトガル人の道ファティマ経由」を今年歩いたばかりなので、その情報も貰える。ファティマへの道は日数にして5日間サンチャゴ巡礼路から外れるのでアルベルゲがない区間がある。そんなときは本当に消防署に泊まれるそうだ。ファティマからサンチャゴ巡礼の道への復帰には黄色い矢印がないと心配していたが、サンチャゴからファティマへ向かうための逆向きの青い矢印があるので、それを辿れば良いとのこと。大いなる助けを貰える。

 アルベルゲの門限10時が迫っているので、名残惜しいがここでお別れする。フリアンありがとう。Muchas Muchas gracias Julian.


フランス人の道6へつづく