フランス人の道11   団体ツアー2つ

5月20日 歩き27日目
 6時に起きて出発準備をする。キッチンへ移動すると朝飯セットがカウンターの上に4人分並んでいたので朝食を頼んだのは4人だけなのが分かった。ここには十数人が泊まっているので、みんなも私と同じように朝飯で4ユーロは高いと感じたんだろうか?私は朝飯を頼んでいないので、自前のチョコパンとオイコスヨーグルトを食べる。オスピタレロは朝は顔を出さないようだ。

 昨晩の夕食時に隣に座った体格のいいおばちゃんもやって来て一緒のテーブルで何か食べている。この人は70過ぎかと思ったが私より1歳年下の67歳だった。欧米人は大人になるのが早いが同時に年を取るのも早い。おばちゃんが出発しそうになったので、もう数日一緒になっていることだしカメラを目の前に掲げて「フォトフォト」と言いながら撮ろうとしたら、何故か手を伸ばしてカメラを触ろうとしている。ストロボをたいて撮ったらやっと「お、フォト!」と言った。目の前にあるのに触らないと分からないらしい。そしたらバックパックに付けていたバッジを見せてくれる。バッジの絵柄を見ると、どうも目が悪い人のようだ。さらにバックパックのサイドポケットから折りたたみの白杖も取り出して見せてくれたので弱視なのが分かった。目の前のカメラさえ触らないと分からないのに毎日知らない道を歩くんじゃ大変だなー。道標や黄色い矢印なんか見えないだろう。狭い山道で踏み外すこともあるか知れない。どのくらい困難な旅なのか想像できないほどだ。それで昨日、オスピタレロが「あなたには特別なベッドを用意した」と言って、出入り口とトイレに一番近い一人用ブースをおばちゃんに提供した謎が分かった。おばちゃんは私より少し早めに出発するので「ブエンカミーノ」と言って送り出す。

 7時ちょっと前に出発。今朝は足を引きずらなくても歩けるようだ。痛み止めが効いたかな。だが注意してスティックで庇いながら7割の速度で歩くことにする。ゆっくりゆっくり。村を出る途中で私営アルベルゲの前に立っていた青年に声を掛けられた。見るからにコリア顔なので日本語で話しかけて来たことに驚く。あの韓国団体ツアーのメンバーらしい。斜めがけのバックひとつで凄い軽装。ちょっと立ち話してブエンカミーノ。

 しばらく歩いた急坂で、昨晩のアルベルゲでお喋りしたアルゼンチンの自転車夫婦が声を掛けながら追い越していった。こんだけ坂がきついと自転車も大変だな。後ろ姿に「アニモー(がんばれ)」と声を掛ける。でも登りきれば楽しいダウンヒルが待っているのだから苦しいのは半分だ。歩きは、特に今の私には下りの方がしんどい。

 3年前にも休んだ石のテーブルのある所で一休み。暖かい陽の光に背中を当て、気持ちいーと言いながら日記を書く。毎日せっせと書かないと何しろ日数が長いので片っ端から忘れてしまいそうだ。

 小さい村を幾つか通り越して行くと舗装路と土の道との分岐に差し掛かる。自転車は舗装路を直進、歩きは左の土の道へと矢印がついている。前回は土の道を歩いたが、今回は足に不安があるので舗装路を選択する。舗装路は距離が長いか知れないけど、アップダウンは少なめだろうとの期待で。同じように舗装路を選択した人が前に一人歩いているな。

 舗装路は面白みのない道だった。途中、ブラジルの自転車グループと数回一緒になって、その都度シャッターを頼まれる。自転車なのに上がるのが鈍いんだな。谷の向こう側に細い道が見えるが、あれが歩き用の巡礼路かな?でも歩いている人は一人もいないので、また別の道か。単調な道を歩き続けてやっと合流地点の小さな村にやってきた。弱視のおばちゃんがバルで休んでいたので声を掛けてみる。私の顔は分からないんじゃないかなと思って「ジャパニーズだよ」と言ってみる。おばちゃんは同じテーブルの数人と談笑していたので目は弱くてもコミュニケーション能力はあるようなので安心した。困っていれば巡礼はみんな助けてくれるから。

 村を過ぎるとまたコリアのグループが目立つようになってきた。まもなく到達するであろうオ・セブレイロ峠には公営アルベルゲがある。コリアの先頭が先にアルベルゲに到着すると後続20数人の順番取りでもされると嫌だなと思って焦る。幸い、足の調子もまずまずなのでスティックでぐいぐい体を押し上げながら頑張る。12:20にセブレイロ峠に到着。村を越えた出口にあるアルベルゲまで土産物屋を通り越して一直線に進む。オープン待ちの行列はたいしたことなかったので泊まるには問題はなさそうだ。バックパックを列に並べれば順番は確保できるので自由に歩き回ることができる。カカベロスで同室だった小林さんは既に到着していたが話を聞くと今日は迷ってしまい、大分遠回りをしてここまでやって来たそうだ。こんな山の中で迷うとは大変だな、どんだけ心細かったか想像にかたくない。

 近所の人たちとおしゃべり。その中に何度も巡礼をしているという韓国系カナダ人のご夫人がいて、この人は日本語がぺらぺらだった。コリアの大グループがいたと言ったら、その人も知っていて「あれは本当のカミーノではありません」とバッサリ。韓国ではサンチャゴ巡礼がいま大流行で、ツアーでやってくるグループも多数あるそうだ。ツアーなのでガイドが全てお膳立てしてくれるので外国人特有の苦労もないし荷物も軽くて済む。そのことを言っているんだろう。脛を故障してると言ったら良い薬があると、タイガーバームを塗ってくれる。スーッとして凄く効きそうなのでボルタレンを使い終わったら買ってみようかな。仕事は薬剤師さんで、医師にシップは使うなと言われたと伝えたら、きっと熱がこもるからだろうと納得の答えをもらえる。この人は親切な人で、シャワー後にもう一度タイガーバームを塗らせてくれ、更に明日の朝も出発前に塗るといいでしょうと言ってくれる。

 私の数人後ろに韓国のお嬢さんが並んだが、しばらく後からやってきた仲間を列に横入りさせていた。やっぱなと思った。でもこのお嬢さんはツアーのメンバーではなかったし、ツアーの人たちは別の宿に泊まるようでアルベルゲにはやって来なかったな。

 13時になったのでチェックイン開始。一人一人にのんびり時間を掛けて受付しているので遅々として進まないが文句を言う人は一人もいない。ここはガリシア州なので6ユーロ。ベッドは31番と指定されていた。下段だけど隣のベッドとはぴったりくっついた強制Wベッド状態。これもアルベルゲでは時々ある。隣はどんな人が来るのかな?ドキドキ。

 フランス人の道で一番古いと噂の教会へ行ってみる。この教会には伝説があって、昔々の神父が上げたミサの中で、カリスの中のブドウ酒が本物の血に変化したと言うのだ。ミサの中心は聖変化という部分で、キリストが弟子を前にブドウ酒を掲げて「これは私の血である、これを私の記念として行いなさい」と言い残したのを2千年たった今でもカトリック教会では忠実に行っている。ダビンチの有名な絵「最後の晩餐」はその模様を描いたものだ。まぁみんな知ってるよね。そのカリスの現物は聖堂脇に今でも飾ってあるので誰でも見られる。なんか凄いね、インディージョーンズに出てきそうな話だ。カリスの写真を遠くから撮ってから、入り口に置いてあるスタンプを自分で押して教会を後にする。

 帰り道、小さい店で缶ビール2本、1本が1.5ユーロと観光地値段だけど仕方がない。スーパーなら1リットル1ユーロで飲めるのに。それとチーズにチョリソー、でっかいチョコサンドクッキー1本で7ユーロほど。ビールは高かったけど、ほかは下界と同じ値段だったのでまずまずだ。ガリシアのキッチンには一切の食器がない筈だが、ここには幸いコップとカップが1つずつだけあったので、ビールはコップで飲むことができる。缶ビールもコップで飲むのが好き。

 3時過ぎに明らかに観光ツアーと思われる団体がアルベルゲの前にやって来た。なんだなんだと思って話す言葉を聞いてみると何と日本語!!あんらーこんな所に日本人ツアーだよ、夢みたい。セブレイロ目当てじゃなくてツアーバスで近くを通ったので、ここをトイレ休憩に使いたかったらしい。でもオスピタレラに断られてた。アルベルゲは巡礼だけのためにあるので、そらそうだわな。バルで何か飲めば貸してもらえますよと言って見る。更に、コーヒーとビールは同じ値段ですよとも。でもビールを飲むとトイレが近くなるからと慎重になっていた。せっかくビールが安く飲めるスペインに来てるのに勿体無い。

 面白い建物はセブレイロ峠名物の茅葺きで、ケルト文化がどうしたこうした。小さな村なので行くところがないからもう一度教会に行って、帰りにまたさっきのツアーと道端で出くわす。添乗員さんにここの教会の謂れを教えてやったら知らなかった。ま、ツアーコースに含まれてないんじゃそうだろな。ツアーの皆さんに教えてやって下さいと伝えたけど、どうかな?後から続々とやって来たツアーの人たちに囲まれて、ひとしきり人気者になる。二人からは「こちらで暮らしている方ですか」とお約束の質問もあった。ジャージにビーサン姿なので旅行者には見えないんだろう。

 夕ミサがあると言うのでまた行ってみる。聖堂いっぱいに巡礼が入っていたのは意外だったな。みんな信心深いんだね。ミサの中でそれぞれの国の代表一人ずつに自国語で書かれた文を読ませた。それまでの辛い巡礼を思い出したのか、数人のご婦人はウッウッと読みながら声を詰まらせていた。どんなことが書かれているんだろう。ミサの後半には参加者同士が握手したりする場面があるが、神父は百人くらいいる全員と握手して回っていた。何てマメな神父だろう。ミサの終わりには一段高くなっている祭壇の上に全員を集めて、ここでも一人一人ハグしながら記念の品を手渡ししていた。見ると、磨き上げた小石に、サンチャゴ巡礼の象徴である黄色い矢印が書かれていた。参ったなー、荷物は増やしたくないけどこれは捨てられないだろな。

 良い話の後で恐縮だが、今日はロクなものを食べてないので腹減った。でもここは観光地値段だしなーと迷ったが、結局我慢して寝てしまう。


フランス人の道12へつづく