マドリッドの道7  雪の峠越え

4月29日 歩き6日目
 早朝、窓の外を見たら何と雪が降り始めている。(写真には写ってないように見えるが)。エレナおばちゃんの天気予報が当たってしまった。もうすぐ5月になるのに雪だなんて想定外だ。天気がこんなだから時間の割にどんより暗い。今日はマドリッドの道の最高地点1,796mの峠を越える日なのに、、、、直接セゴビアへ向かうと28km、迂回すれば途中に村がありオスタルがあるのでセゴビアへ行くよりは7km短くなる。さて、どうしたものか。

 何とか出発までに止んでくれないかなとの希望はあっさりと。レセプションで合羽を着込んで足元には日本から持参の大型ごみ袋の底を抜いたのを履き準備は万端。雪の中を行くことに同情したのか、はたまたごみ袋姿を哀れと思ったのか、受付のセニョーラがごみ袋を腰で止めるためにセロテープはどうかと言ってくれるがバックパックのベルトで締められるのでノーグラシアス。ルームキーを返して無事にクレデンシャルを返してもらう。

 最初は雪もたいしたことなくて、雨になるかなと想像してたけどとんでもない。標高が上がるに連れて本降りになってきた。でもまだ気楽に、こんだけ雪が積もった所を歩いた記念に写真を撮っておこうと暢気なことを考えている。更に上がって行くと、大きな木に書かれた黄色い矢印を発見。うん、雪で良く分からなくはなっているが、ちゃんとカミーノを辿っているな。

※後で考えるとこの辺りでキツイ山道と舗装路で峠を目指す分岐があったのかも知れない。でも詳しいガイドブックを持ってないので矢印しか当てにするものがないのが悲しい。

 雪は小降りになるどころか、どんどん積もってくるのでそれからはもう必死。岩場がずっと続いてるので足元を注意しながら登るんだけど、ときどき先も見ないとあっという間に迷子になりそうだ。石の上にかすかに黄色い矢印を発見する。矢印の指し示す方は写真で見る通りのあり様。ホントにここ行って大丈夫なんかね?人一人がやっと通れるような山道を遮る枝の雪をスティックでたたき落としながら進んで行く。こういう情況で遭難するんだなーと何度思ったことか。当然のことながら一番きつい所の写真は撮る余裕さえない。

 あっ、足跡がある!こんな日なのに誰か先行がいたようだ。足跡はふたつ、雪の積もり具合から1・2時間前に歩いた人がいるようだ。こんな日にこんな所を歩くのは巡礼しかいないだろう。矢印が見つからないので、この足跡が命綱に見える。絶対に見失ってはならない。

 上から降っていた雪が(下からは降らないけど言葉のあやで)横殴りになってきたので峠が近いのが分かった。峠では吹き付ける雪で周り中真っ白の景色になってしまい、これが有名なホワイトアウトと言うんかと思った。大事な足跡も見失いそうになったので、もう真剣に周りをキョロキョロと捜し歩く。周りを見回してみると木で出来た表示が雪の中に立っていて「Camino de Santiago 599km」と書かれている。ここからは下りのようだし、もう道も広くなっているので少し安心する。足跡も表示にしたがって下山を開始している。

 捨ててもいいような軍手を持ってきたが、これがあって本当に助かった。軍手なので雪でビショビショになって手は冷たいのだが、直接外気があたらないだけで冷たさが軽減される。靴はゴアテックスの新しいものだが、さすがに長時間歩いていると中に水が染み込んできてしまう。それより何より道を見失わないことの方がずっと重要だ。ひたすら足跡をトレースして下っていく。途中、分岐点があって文字が書いてあったが、ここでも足跡だけを信じて歩き続ける。

 広い平原に出ると道は二手に分かれていた。ここでも足跡をたどって左の道を行くことにする。道って言うか雪で何も見えないから道らしい広がりって言うだけだけど。先行の人がここで石の雪を払って黄色い矢印を確認したのが分かる。数時間ぶりに見る矢印だった。腹ぺこだったので、ここで残りのチョリソーとチーズにクラッカーを食べてエネルギー補給する。座れる所なんかないから勿論立ち食い。この朝食セットを持っていたので助かった。もし甘く見て食料を持ってなかったらと思うとぞっとする。もしものためにチョコレートドリンクは飲まないで取っておく。もしもが無いことを祈る。

 やっとのことで黒い土がぱらぱら見える所まで下ってくることができたので一安心する。はるか遠くには大きな町が見えるので、あれがセゴビアかと想像する。また分岐点があったが地図も役に立たないので勘でセゴビア方面の左に舵を切る。暫く歩いて来ると墓地の前に車が1台止まっている。ここで聞かない手はない。でもこの人はカミーノは知らないしセゴビアへの行き方も要領を得ない。まぁ村の方へ行くしかないようだ。その村に入っていくと、通りに夫婦らしいのがいたのでまた聞いてみる。この人もカミーノについては知らなかった。知らない人ばっか。

 また歩いていくと後ろからバックパックを背負った二人連れがやってきた。もしかして足跡の人か!?ペレグリノ?と聞いたらそうらしい。でもこのあとはタクシーで移動するようなことを言ってるな。セゴビア方面を教えてもらったら自分の勘とは逆方向を指したのでガビーン。仕方なく今きた道を戻って行く。先ほど聞いた夫婦連れの横を通ると人数が倍になっていて声が掛かった。みんなで私のことを話していたようだ。

 後から加わった人がやけに親切で、スマホで現在地を教えてくれる。そしたらセゴビアとは方向違いでエレナおばちゃんが予約しているオスタル El Torron がすぐ近くだったのが分かる。およそ600mと言うところか。じゃぁ今夜はここ泊まりだ。「ここここ、ここに行きたい(と言ったつもり)」と伝えると、車で送ってくれるそうだ。車に乗るのは自分のルールに反するので、todos pie(全部歩くと言ったつもり)と単語を並べてみたが、奥さんがもう助手席の荷物をトランクに移してどうぞどうぞと満面の笑みで言ってるので、これ以上断るのは人の道に反するだろうと甘えることにする。車内で聞くところによると、ご主人は以前100kmの巡礼をしたことがあるそうだ。「サリア?」と言ったらその通りだった。だから巡礼に対してこれだけ親切だったのかと分かった。車はあっという間にオスタルの横に到着。ありがたくお礼を言って互いのカメラで一緒に写真を撮りっこしてハグしてお別れ。この人たちに出会わなかったら今頃どうなってたか分からない。真っ暗になった道を夢遊病者みたいに歩く自分の姿が想像できるから恐ろしい。セゴビアまで正しい道を行ったとしてもここから20数キロはあるだろう。色んな偶然が重なって良い方向に導かれている気がするので感謝感激雨あられだ。雪だったけど。

 ここまで7時間かかって村のオスタルに辿り着いた。雪の峠越えではもっと時間が経過したような気がするが、そんなでもなかったのか。まぁあの状況じゃぁ1時間が2時間にも感じたんだろな。値段も聞かずにチェックインしてしまったが、おばちゃん情報では25ユーロとのこと。エレナが予約しているかと尋ねると、まだ到着してないとだけ言っていたな。シャワーしたけど乾かないので洗濯はしないでおく。着る物がなくなってしまうので。

 階下のレストランで定食を食べさせてもらい、一眠りした7時過ぎにノックの音で目が覚める。えっ?もしかしてエレナかと階下に下りていくとピンポンだった。エレナもあの雪の峠越えをしてきたのか、見た目よりずっとパワフルなんだな(こら)。そのときは二人の巡礼に会ったそうで、一人はチャリだって。チャリであの山道は越えられないので舗装のルートを歩いて来たんだと想像する。峠越えにはふたルートあって、ひとつは私が越えてきた峠に直線で向かうハードな道、もうひとつはぐねぐねと距離が長いけど舗装されてる道。私もそっちを歩きたかったよ。

 エレナは明日、セゴビアから3km歩いたアルベルゲを目指すそうだ。自分の手製地図にも「セゴビアのアルベルゲは当てにならない」と記してあるので、自分もそのアルベルゲを目指そう。明日も早い出立なので支払いを済ませておく。部屋代25、定食と朝食で12、占めて37ユーロ。マドリッドの道は金も掛かる。


マドリッドの道8へつづく