マドリッドの道14    新しい旅の仲間

5月6日 歩き13日目
 6時半に起床。久しぶりに空を飛ぶ夢を見られた。空を飛ぶ夢は子供のころからずっと見ていて、夢の中で「これは夢だ」と気がつくと、じゃぁ空を飛べるんだと気づくのだが、確証はないので勢いよく空に飛び出すことはしなくて、最初は控えめにそろっと浮いてみる。もし夢じゃなかったら痛い思いをするので。低空で飛んでいるときはとても鈍い。でも高いところから下に向かって飛び出すと凄いスピードが出て気分爽快になるので、そのとき自分がいる場所は結構大事。残念なのは途中で目が覚めてしまうこと。

 このユニークなアルベルゲは朝食が出る。オスピタレロ交えて簡単な朝食だが5人で揃って食べられるのでこれも楽しい。小さなトーストなので3枚目に手を伸ばしたらオスピタレロから一人2枚と告げられる。うへ、こんなんじゃ足りないよと思ったが、欧米人はこんな量でも足りるらしい。どっかで何か食べたい。

 7時半に4人で一緒に出発する。歩きながらみんなそれぞれ片言同士でお喋りするのが楽しい。森の中にやってきたらボビーがお国の歌なのか色んなのを歌っている。そのうち私にも日本の歌を歌えと言うので一人で歩いているときに良く口ずさんでいる「兄弟船」を気持ちよく披露する。歌い終わるとボビーが「テンポイントテンポイント」と叫んでいるので気に入ってくれたようだ。フランス組にも歌えと言ってるようだが、シャイなフランス組は大げさには歌わなかったな。

 最初の町には立派な城があった。へー、これはデータになかったな。スペインってあちこちに城があるようだが特に観光目的の城でもなさそうだ。なにか公的なものに転用されてるような気もしたが字も読めないので分からない。

 1時を過ぎた所にふたつめの村 WANBA に到着。歩くスピードがそれぞれなのでバラけていたが全員揃ってバルで休憩。残りは7.9km、標高がさがって来たのか暑くなってきたようだ。そろそろ半ズボンの出番かな。今晩も公営アルベルゲの予定なのでWi-Fiはないだろう。そのかわり安い。安いのが一番。バルには殆どWi-Fiがあるので、メールチェックとフェイスブックを更新しておく。Wi-Fiパスワードは店の人に聞けば教えてくれるが、タブレットを渡して店の人に入力してもらうのが一番簡単で確実。いつもそうしている。「ウィフィー?」と言いながらタブレットを出すだけで通じる。

 再スタート後は全員揃ってぞろぞろと歩いていく。ずっと荒野や大草原の中を延々と歩き続けて、カミーノのオブジェが後ろにあった手ごろなベンチで揃って小休止。なんてことないけど楽しい。遠くに村が見え出したが、だいたい村が見えてから1時間以上掛かるのが相場だ。

 最後に村に入るための急坂があった。すんごい急坂で下から見上げるようだ。って本当に見上げる坂が100m以上も続いている。テーブルマウンテンの上に築かれた村って感じ。急坂を立ち休みを入れつつ登り切れたがボビーだけは遅れだして途中で何度も長めに休んでいるようだ。上りきってからは1つ角を曲がるとそこに今晩のアルベルゲ・パニャフレールがあったのでホッとする。今日はいつもより少し遅めの3時10分の到着だ。今日も我々だけと思ったら先着が一人いた。見るからに善人顔をした男で初対面なのにニコニコしている。彼はカナダからやってきたディミトリ。初対面でも満面の笑顔は一気に距離を縮めてくれ、最初から友達のような感じになる。

 ボビーが中々やって来ないので、坂を上りきった角まで戻ってみると、ちょうど上り終えたボビーがやってきたので「ボビー、ここがアルベルゲだよっ」と建物を指差す。間近にあったアルベルゲにちょっと安心したようだ。オスピタレラ(女性の管理人)がやってきて全員でチェックインしてもらう。ディミトリが流暢なスペイン語を喋っていたので褒めたところスペイン語は少しだなんて謙遜している。「バレバレ(OK OK)、グラシアス、後はスマイルだ」と両方の指で口角を上げる仕草をしているな。まぁ確かにそのとおりだが、ディミトリのスペイン語は我々より遥かに上なのは確か。カナダ人に良くある英語とフランス語がネイティブなので、私以外の全員と普通に喋れる仲間が登場した。

 このアルベルゲは2段ベッドが2台ずつの部屋がふたつあるのだが、先着の4人が既に下段を取っているので最後に到着してきたボビーには上段ベッドしかなかった。何をするのかと思ったら、体の大きいディミトリに手伝わせて2段ベッドを解体して平ベッドにしてしまった。部屋は広めなのでベッドが1台増えても問題ない。その手があったか、ボビーやるな!

 3人でベッドの上でごろごろ寛いでいると、英語ネイティブのディミトリが登場したのが嬉しいのか、ボビーが過去の巡礼の話をしだした。フランス人の道最大の難所であるピレネー越えの話だった。フランス側のサンジャンを出発するときは晴れていたのに、ピレネーを越える頃には深い雪道になってしまったそうだ。峠を越えて下っていると、夫婦らしい二人連れのご婦人の方が寒さと空腹と疲れで動けなくなっていたそうな。数日前に雪の峠越えを経験してただけに、その厳しい状況が目に浮かんできた。3人とも疲れていたが、スティックに掴まらせ励ましあって婦人をロンセスバジェスまで連れてきて救急車でパンプローナの病院に行くのを見送ったそうだ。へー、そんなことがあったんだと目を丸くする。それって下手すると死んじゃう状況だよね、ボビーって人命救助をしたってことだ。もし自分がボビーの立場だったらどうだろう?過酷な状況の中、自分のことで精一杯で人助けまでできるかなと自問自答した。私が「Boby is good サマリアン」と言ったらディミトリも「Yes good サマリアン」と復唱したのでボビーは少し照れているようだった。それぞれ別の国の人間なのに「善きサマリア人」が通じるのも素晴らしいなと思った。

 ボビーがディミトリに私のことをジェントルマンと紹介している。前にボビーが不味いからと言ってくれたスープの素のお返しに日本から持ってきたチキンコンソメを2個上げたことを言ってるのかなと思ったが実際のところは分からない。ディミトリはカナダでエマージェンシードクターをやっているそうだ。テレビドラマで江口洋介がやってた救急救命医だよ。かっこいいな。5週間の休暇を使ってカミーノを歩きに来たそうだ。欧米のバケーションはみんな長いので羨ましい。私はもう無職なので幾らでも休めるが(て言うか休みの意識さえない)、日本の休暇は長くても数日なのでカミーノをやろうとしたら仕事を辞めるか退職を待つしかない。使い古された日本人はエコノミックアニマルという言葉は欧米の人から見たらまだ現実としてあるのだ。

 ひとつしかないシャワーを順番に浴びる。男しかいないのでフランス組はパンツ一丁でアルベルゲ内を自由に歩き回っているな。自分もそうしてたらオスピタレラが今度は中学生くらいの娘を伴ってやってきた。女の子は動揺した風もなく話しかけた私に答えていたので、やっぱりスペインでは子供の頃から解放的なのに慣れてるのかなと思ったが本当の所は分からない。「このセクハラじじい」なんて思ってないだろな。

 このアルベルゲには無料で使える洗濯機が置いてあった。超ラッキー。でもみんな操作方法が分からないので、あーでもないこーでもないと試行錯誤してやっと回すことに成功する。手洗い以外で洗濯できるのは久しぶりだ。て言うか、この道で初めてかな?物干し場は中庭にあるのだが、そこへ出て行くドアに鍵が掛かっているので干しに行くことができなかった。じゃぁキッチンの窓から出てしまえということになって、みんな窓を乗り越えて干しに行く。戻るときのために私が椅子を窓の外に運んだらグッジョブと褒められる。あるものは何でも利用する。

 今日は買い物ができない日曜日。スーパーで食料を調達してアルベルゲで安上がりに食べることはできない。もう手持ちの食糧が尽きているので明日の朝飯もない。都会には日曜でも開いている店はあるが、小さな町や村ではほぼ全滅。本当に日曜日は不便。村にはほぼ間違いなくバルがあるから食べることには困らないけどお金が余計に掛かってしまうのが痛い。みんなでビールを飲みに近くのバルへ繰り出し、ディミトリが夕飯を食べられるかマスターに確認してくれているな。

 夕食が提供される時間になったので、また同じバルへぞろぞろと歩いていく。私が頼んだ定食は最初が野菜サラダ、2枚目の皿が目玉焼き2にチョリソーとポテト、それにパン、ビール、アイスが付いて11ユーロ。フランス組は野菜サラダの替わりにパスタを頼んでいる。前にも定食にパスタを食べていたのでフランス人ってパスタが好きなんかな?ボビーだけは定食じゃなくて野菜中心のメニューにしていた。やっぱりベジタリアンだから?

 さて、気になっている予約したマドリッドの宿だが、Hotels.com から返信が来た。オスタル San Isidoro が私のカード番号をチェックしたところ、有効ではなかったそうだ。このカードで何十泊も繰り返しているのでカードに問題はないのだが、外国の読み取り機では日本のカードが読めないことは珍しくないそうだ。オスタルからのメールはこのことについてだった。ただし、宿泊代金は現地払いになっているので、二重支払いの危険はなさそう。こっちから電話するのは困難なので(メールも通じないし)、御社から宿泊代は現金で支払う旨を伝えてくれと返信したが、結局このあとは連絡なしだったな。心配の種続行中。

 明日は修道院のアルベルゲで、町にはスーパーもあるらしいので買い物が楽しみだ。食料を多めに仕入れておきたい。


マドリッドの道15へつづく