フィステラの道6 Muxia 3日目  義足の勇者

7月10日
 ムシアの私営アルベルゲDelfin。8時に目覚める。無くした銀の道の巡礼証明書を発見した夢を見た。有るとしたらここだと言うところにやって来たので探しまくり、まず証明書を入れておいた筒を発見する。中にはゴミしか入ってなかった。だが、ベンチの下にある証明書を発見!!何故かビニール袋に入っていた。あったあったと喜んでいるところで目覚める。諦めたとは言っても、まだ未練があったんだな。

 このアルベルゲのチェックアウトは9時なので、ゆっくりしている訳には行かない。スープを作りパンを浮かべて朝飯にする。今晩もここムシアに泊まるので、一度泊まったことのあるベラムシアも考えたが慣れたらここも悪くないなと思ったので連泊することに決める。マダムに「このアルベルゲは好きだ。今日も泊まりたい」と告げる。ちょっと意外な顔をしたようだがオッケーを貰える。でも掃除の時間は連泊の人でも外に出ていなくてはならないそうだ。「ヌエベオラセラード(9時に閉める)、ドセオラアビエルト(12時に開くから来て)」と言われる。片言スペイン語でもこれ位なら言ってることが何となく分かる。「ジョエンティエンド、バレバレ(理解した、OKOK)」と言ったつもり。

 9時ぎりぎりまで居座ることにして、手持ちのインスタントコーヒーを入れて飲む。残りが2袋になったので、フィステラに行ったら仕入れたいな。50ユーロ札がまだ3枚残っているが、スペインを出るまでまだ8日もあるので、とても最後までは持たないだろう。サンチャゴに戻ったら最後のキャッシングをしよう。ユーロが凄く上がってきて、1ユーロ129円台になっているので癪だが背に腹は代えられない。

 9時にアルベルゲを出る。バックパックはベッドルームに置いたままでいいそうなのでナップザックに貴重品とファンタオレンジ゙を入れて背負う。小雨がほんのり降っているので合羽を着用。久しぶりの雨合羽。プリミティボの道で連日着こんだ為に蒸れて汗臭くなってきた雨合羽なので、ルーゴで洗濯機に掛けたが、また若干臭ってきたようだ。ゴアテックスなら汗を外に出すそうだから臭わないのかな?更にゴアテックスは軽いそうなので、次は頑張ってゴアテックスの雨合羽を買ってきたいもんだ。

 このアルベルゲは海岸に面しているので、海岸沿いの道を歩いて賑やかな方に行ってみるが人影はまばらなので、みんな掃除の時間もアルベルゲの中に居られるのだろうか。

 昨日のバルでワインを一杯くれたアルゼンチン女性がいたが、知らない男性と一緒だったので挨拶だけしておく。わき道に入って行き、清水さん(清水て名前じゃないけど)に教わった地元の人しか入らないバルでコラカオを頼んで日記を付ける。ここ、清水さんに教わっておいたので良かったかな。自分だけで来たらきっと入らない、そんなバルだから。

 ここのテーブルでゆっくり明日の作戦を練る。一気にフィステラまでの29.3キロを歩いてフィステラで3泊するか、途中にあるLiresで泊まるか。Liresには2年前に泊まった私営アルベルゲのAs Eirasと言うのがあって、まずますの施設だったのを覚えている。ただ、そこには店がないので食料をたんまり持ってない限り、併設のバルで高い食事をしなくてはならない。Liresまでは距離が短いので時間的には半端だがとても楽チン。フィステラまでの約30kmは普通に歩いて6時間か7時間だろう。海岸沿いなので上り下りはあっても本格的な山越えみたいな坂はないだろう。2食分の食料を背負っていると途中でスピードが落ちる可能性もあるが、7時に出発すれば3時には到着しそうだし、悪くても4時か。あとでまた考えることにしよう。

 また舟の教会がある海岸へ行ってみる。昨日見つけた新ルートを歩いて行くと、向こうから旅支度したアルヘンティナが「フォトフォト」と言いながら近づいてきた。手にはスマホを持っているので一緒に写真を撮りたいのが分かった。これからフィステラへ向けて出発するそうだが、もう10時を回ってるんだがな。これだと到着は6時前後になるんじゃないかな。私にはない感覚だ。朝一緒に居た男性が旅の仲間になったらしいので心強いことだろう。元気に出発していった。

 教会入り口の床には片足義足のおっちゃんがべったりと一人座っていた。巡礼なのはすぐ分かった。あの足で歩いて来たのか凄いなと感心するが、こちらは旅支度を解いたお気楽スタイルなので、その神々しい勇者のような姿に気圧されて声を掛けられなかった。

 昨日はアヤフヤだった、映画「The Way」の撮影場所が完璧に見つかった。映画の写真では大きな岩の一部しか写っていなかったので曖昧だったが、写真を良ーく見たら下にくぐれる穴があるのを発見。ようやくその岩が海岸で一番有名な岩だと分かった。平らな大きな岩で、下を人がくぐれるようになっている。その隙間を9回(だったかな?)くぐると何かいいことがあると言う謂れのある岩だ。調度どっかのおばちゃんが一生懸命に何度も繰り返してくぐっている。軽く10トンはありそうな岩なので、くぐっている最中に地震でもあってバタンとなったら即死もいいところだ。

 その岩をバックに自撮りしようとしていたら、片足義足のおじさんが近づいて来てシャッター係を申し出てくれた。アメリカからやって来てフランス国境のSJPPを出発。此処までずっと歩いてきたそうだ。私が2年前に歩いたのと同じコースで、それだとここムシアまでざっと900kmある。「ユーはどこからスタートしたのか?」と聞いているのでセビージャだと答えると、この人は銀の道を知っていて「ロングウェー」と言ってくれる。2年前のサンチャゴ巡礼で、あなたと同じように片足義足で800km歩いてきた人を見て感激したことを伝え、ユーもワンダフルだのエクセレントだのと、知ってる限りの英語を使って彼の偉業を称える。

 また近くの岩山に上って周りを見渡す。9時にアルベルゲを出たときは小雨だったが、もうそれも止んだので気分がいい。大きくて平らな岩を真っ二つにしたモニュメントの所に戻ってくると、義足のおじさんが舟の教会の隣を2本のスティックで歩いているのが見える。先ほどの岩場だと慎重に歩いていたが、平らな所だと健常者と同じように歩けているので少し安心した。景色を見渡しながらナップザックに入れて持ってきたファンタオレンジを飲んでみる。ちょっとだけハイキングをしている気分になって楽しい。今までの旅ではコーラは飲むことはあっても飲むことがなかったファンタだが、今年は気に入ってしょっちゅう飲んでいる。

 12時のチェックイン時間を過ぎたので、スーパーで買い物してから帰ることにする。豆が入ったビンとスイカ、1.4ユーロの白ワイン、焼きたてのバゲット、玉子6個にスープの素、ヨーグルト4で5.39ユーロ。まだ昨日買った食糧も残っていることだし、これで明日も賄えるだろう。パンは焼きたてで温かくとても美味そう。アルベルゲまで我慢できずに歩きながらちぎって食べる。

 アルベルゲに戻ってチェックイン、今日も10ユーロ。さっそくお昼を作る。玉子3個と豆を入れたスープは食べ出があって、とても1回では食べ切れなかった。ほかにキッチンを使う人はいなそうなので、残りは鍋に入れたままにしておいて後で温めて食べる作戦にする。

 年配のイタリアおじさんがチェックインして来たほか、二人の女性もやって来る。女性は明日サンチャゴに戻りたいそうで、バスのストがどうなっているのか聞いているようだ。バスがダメならタクシーで戻る選択肢もあるらしい。タクシーだと幾らになるんだろう?何にしても大変そうだな。って、自分も無関係じゃないんだけどね。明日は我が身か。

 昼寝をしてからレセプションにやって来たら青年から声を掛けられる。趣味で日本語を勉強しているそうだ。へー、そりゃいいや、こっちにとっても日本語が喋れて好都合。結構考えながらだけど、何とか会話になっている。勉強したいので日本語で質問してと言うので、フィステラの良いアルベルゲを知っているかと言ったら、ここと同じハンガリー人のやってるPor Finと言うのを紹介される。

 彼はクリストファー、クリスと呼べばいいそうだ。兄貴も一緒に居て、名前がバレンティン。えっ、私のパブテスマ・ネームもバレンティノだよと意外な接点を見つける。私の誕生日は2月14日だからと言うことも付け加える。このフレーズはスペイン語初級で何度も使ってたのでスラスラと口にすることが出来た。それを聞いていたソファーでごろごろする少年が話しに加わってきた。「僕もバレンティンだよ」ってマジか!なんと同じバレンティノと言う名前を持つ人間が3人一同に介したことになった。しかも一人は遠い日本からやってきたって、彼らにしても不思議な出会いだったんじゃなかろうか。少年はここんちの息子と思っていたが、ボランティアだそうだ。ボランティアらしいことするの見たことなかったがな。息子が宿泊客のスペースでごろごろしてしょうがないやっちゃなと思っていたが、こんなことがあってからは急に親しくなった。

 わいわいと盛り上がって一緒に写真を撮っていると、近くに居た母親もスマホで撮り出した。ママは元ポリスで柔道は緑帯だそうだ。とても楽しそうなお母さん。おまけに私の好物のピニエント・デ・パドロン(小さなピーマンの素揚げ)もサービスで出てきた。日本語を勉強しているクリスの出現で驚くほどの楽しい展開になった。ほんとにちょっとした出会いで思ってもいなかった楽しいことになる。

 話のついでに「自分がボランティアしている国際交流協会で英語の先生をしているのはオルショー・ゲルゲイというブルガリアの人だよ」と言ったら、その名前はハンガリーだと言われる。あ、間違ったハンガリーだと言い直す。ブルガリアもハンガリーもルーマニアも何がどこにあるのか知らないのでごっちゃになる。

 フィステラのPor Finアルベルゲの予約を取ってくれると言うのでお願いする。これで明日はフィステラ迄の29.3kmが確定した。頑張って歩かなければ。7時にスタートで8時間歩くとしてフィステラには3時か4時に到着だ。遅くても予約してあるので安心。途中の村、Liresで昼飯にできるかな。

 クリスがバスのストを調べてくれて、火・水耀はストが決定したそうだ。後は未定とのこと。木曜に決着してくれるといいんだがな。最悪、土曜にタクシーでサンチャゴに戻ることになるが、数人でシェアできれば数分の1で済むだろうが、その前にストが解決してくれるのを願うばかりだ。


フィステラの道7へつづく