銀の道37  Villar de Farfon - Mombuey  カルロス膝を故障する

6月2日
 Farfon の変わったアルベルゲの朝。食料が尽きてきたのでアルベルゲのキッチンに備蓄してある食材の中からスパゲッティの麺だけもらって日本から持参のペペロンチーノの素でスパゲティを作ることにする。今までペペロンチーノの素はスープにして飲んでばかりいたけど、やっと本来の使い道ができた。炭水化物は歩くエネルギーになるそうだ。それとインスタントコーヒーで簡単な朝飯。明日は日曜なので今日は買い物注意だ。

 ドナには10ユーロ札を入れて8時にスタートする。予想どおりずっと独り歩きが続く。うら淋しいいかにも巡礼路らしい道を歩き続けていくと次は村ではなく小さめな町が現れた。9時半、カルロス達が泊まったと思われるアルベルゲが現れる。ベッド数は28もあるそうだから、やっぱり大きくて立派なアルベルゲだ。町なのでスーパーもありそうだしこっちの方が良かったかな。まぁ話の種としたら昨日の方が面白かろうと痩せ我慢をしておく。


 町を抜けるとまた巡礼路ぽい田舎道がずっと続くが、この辺りはお花畑も点在しているので目を楽しませてくれる。Mombueyへ入る手前のガソリンスタンドに戦車を積んだトランスポーターが3台も停まっていたので珍しがって写真を撮る。戦車の写真って撮ったら怒られるのかなと思い素早く撮影する。さすが軍隊のある国は違う。毎日空にはジェット機が飛行機雲を何本も描いているし、きっと戦闘機だろう。


 目的地のMombuey町に入って行くと道の両側に店が並んでいるので、スーパーがあるかとチェックしながら歩く。そんなことしながら歩いていくと町の外れまで来てしまい、知らない内にアルベルゲを通り越してしまったようだ。そんなに大きな町じゃないな。タブレットを出して現在位置を確認したら、印刷して持ってきた地図は町に入る道が想像とは逆だったことに気付く。どうりで町の様子が地図と違って見えた筈だ。地図を逆さにしてみたら、すぐにアルベルゲへ曲がるわき道を発見する。

 今日のアルベルゲもまっこと小さな家だった。時間が早いけど扉は開いていた。誰もいないだろうけどオラーと一声かけて入っていったらカルロスがベッドの上にいたのでびっくりするやら嬉しいやら。どうやら膝を故障したようで、ここで連泊なのか、或いは前のアルベルゲから少しだけ歩いて来ただけのようだ。何にしてもカルロスがいたので嬉しい。

 体重がある人はほぼ膝をやられてしまう。カルロスもビール腹なのでご多分に漏れなかったと言うわけか。今日は病院に行ってくるんだと足を引きづりながら出て行った。私は来るときに目をつけておいたスーパーへ買出しに行く。有難いことに冷えた1リットルビールにトマト3、アスパラの瓶詰め、ヨーグルト4、チョリソー1袋、ミニカステラ2、オレンジ、さくらんぼで8.58ユーロ。毎度まいど同じような買い物内容を書いて申し訳ないが、これは自分への記録でもあるのでご勘弁。

 昨日が相当な粗食だったので今日の昼兼夕飯はサクランボも加えて少しだけ豪華。この小さな小さなアルベルゲには皿が1枚とコップが2個だけ、他は一切なしと潔い。でもレンジがあったからパンにチョリソーとチーズを挟んでチンして食べる。一人宴会中、スペイン人の男性ソロが到着。20数キロ歩いて来たそうだから、私より8km離れたOllras de Teraに泊まったようだ。

 日本の友達に絵葉書を出したいので切手と絵葉書獲得に出掛けて行く。郵便局は迷ったときに確認しておいたのだ。郵便関係の単語はカルタ(はがきらしい)しか知らないので、身振りで交渉すると切手(1枚1.35ユーロ)4枚は買うことに成功する。しかし絵葉書は売ってないそうだ。伝わってないのかなと思って局内にある絵葉書のサンプルみたいのを指差して欲しいと言って見たがやっぱり無いらしい。どこで買えるのか何となく聞いてみると、ティエンダ(小さい店)で売っているらしい。じゃぁティエンダを探してみよう。

 郵便局のすぐ近くに何の店だか分からないけど小さな店があったので切手がないか身振りで尋ねてみたがやっぱり無いそうだ。日本で例えるなら八百屋に入って来た外国人が切手を買いたいと言ってるようなものか。随分間抜けに見えたのかも知れないが言葉も文字もロクに分からないのでそんなもんだ。もうシエスタの時間に入ってしまうので5時過ぎたら別の店で再チャレンジしてみよう。

 アルベルゲ前に戻ってくると聞きもしないのに近所の主婦がミサは8時からだと教えてくれる。ミサはなるべく出るようにしたいと思っているのだが、中々チャンスがない。これはラッキーかも。教会の場所は分かっているので時間になったら行ってみよう。

 カルロスが医者から戻って来ていた。膝を指しながら「ケタール?(どうだ)」と聞くと、とても良いそうで明日は歩けるらしい。スプレー式の消炎剤を処方してもらったらしく見せている。明日は私と同じAsturianos迄歩くそうなので嬉しい。カルロスはスタンプは少し離れた店で押してくれるという情報を持っていた。でも夕方7時からでないとダメだそうだ。5時でなく何で7時?

 アルベルゲにはWi-Fiないけどタブレット片手にふらついていると通りにフリーが飛んでいたのを発見する。やってみるもんだ。カルロスが隣に来たので教えてあげる。そこへ地元のスペイン人が登場する。カルロスとはスペイン語で軽快に喋っているが私とは片言のスペイン語で会話を交わす。日本から来たとかサンチャゴ目指してセビージャから歩いているなんて簡単な内容だけ。

 5時過ぎたので絵葉書を求めてティエンダらしき店に行くも、扉は閉まったままだった。張り紙にはPMは5時~8時と書いてあるが今日はもう開けないらしい。土曜は10時~2時だけだって。仕事しな過ぎだよスペイン人。

 ミサの時間を教えてくれた近所のおばちゃんからアルベルゲの鍵を預かる。この人って管理人だったのか。夜は中から鍵を掛けて、次ぐ朝はポストに鍵を放り込んでくれればいいそうだ。ここのミサは凄く早く終了する、20分くらい。司式はさっき道端で話した人だった。神父さんだったのか。ミサの終わりに地元の人たちに向けて私のことを紹介し出したのが分かった。「日本からやって来たペリグリノがセビージャからここまで歩いて来てサンティアゴまで行く」と言っているらしい。セビーじゃからここMonbueyまでは約790km、ほーとかへーとか聞こえて来て、みんなの目が私に集まったので、ちょっと照れ臭かった。外に出るとカルロスが地元の人たちを前に演説している。カルロス、スペイン人だもんなー羨ましい。管理人のおばちゃんに明日の巡礼路を教わると、この教会の前が巡礼路だった。

 帰る途中に老人が道端に出したイスに座って4人まったりしていた。そのうち二人の爺ちゃんがベレー帽を被っていた。バスク地方特有のベレー帽だと気付いたので、手まねで自分の頭に帽子の形を作って「バスク、バスク」と言いながら写真を撮っていいかと尋ねたら嬉しそうにポーズを取ってくれた。

 夕方になったらチャリのイタリアグループが到着してきた。4,5人はいるらしく、全員が下段ベッドに泊まるのは無理だ。斥候役がこの町にオスタルがあるか探しに出ているらしく暫くここで待っていたが、見つかったとどっかへ行ってしまった。テンションが高く騒がしい連中だったので悪いが行ってくれて良かった気がした。


銀の道38へつづく