四国遍路
歩き29日目の6月11日。エルアセボの山村。イーデンとお連れさんは知らないうちに既に出発しており、今日はポンフェラーダまでの27kmを歩くらしく朝早くから頑張っているようだ。私は日本の四国遍路道と姉妹関係になっている途中の村のモリナセカに泊まる予定なので、距離が短いからゆっくりと7時45に出発する。雨も止んだし快晴の空の下を気持ちよく歩いていく。今朝の巡礼路は道らしい道がなくて前に巡礼者が歩いていないと心配になるような道だ。でも、原っぱのような道は見通しが良く、数百メートル先を歩いている人も確認できるので、あの人たちを見失わなければ心配することはない。
岩畳の山道を下っている途中、左腕がまったく動かないおじさんが杖一本で歩いている。脳梗塞の後遺症なのかな?でも、挨拶すると満面の笑みを浮かべてブエン・カミーノと返してくれ、巡礼路を歩ける喜びに溢れているようだった。おじさんには先を行く相棒がいて、少し行った先でおじさんが追いつくのをいつも待っていたので心配はなさそうだ。
モリナセカ村に入る入り口のバルでイーデンがテラス席で朝食を食べていたので歩きながら手を上げて挨拶する。少し行った町中に雑貨屋があったので、バナナ2本とオレンジ、コーラを買い込み、店の前にあった小さな広場のイスでやっと朝飯にする。食べている横を今度はイーデンが笑いながら追い越して行った。
町外れにアルベルゲがあり、家の前には四国遍路のイラストが描かれているポスターが貼られているので、ここが姉妹関係のアルベルゲなのかなと覗いてみるが、まだ時間が早いのでドアにはカギが掛かっている。どうしようかなと思っているところに、またイーデンが通りかかったので訳の分からない英語で日本と関係あるアルベルゲだよと、ポスターを指差しながら教えてみると何となく伝わったみたいだ。扉の向こうに人が出てきたのでカギを開けてもらいスタンプを貸してもらう。女性はこの先を行ったところに四国と関係のあるアルベルゲがあるよと教えてくれた。ここ以外にもまだあったんだ!
そこも巡礼路沿いにあって、入り口のディスプレイはいかにも四国と関係有りそうな資料でいっぱいだった。中に入るとホスピタレラの女性がいたので、ソイデハポン(日本から来た)と告げると、日本からやってきた使節団が大きな生木に彫ったという観音像まで案内してくれた。折角案内してくれたのにどうかと思うが、木がとても可哀そうで、どういう感覚してるんだよと突っ込み入れたくなった。スペイン語しか話さない人なので説明は殆ど分からなかったが、一生懸命に日本との関係について教えてくれてたようだった。ここでも日本のマリア様のカードを上げたら大いに喜ばれる。日本と関係の深いこのアルベルゲに泊まる予定だったが、まだ時間が早すぎるのでスタンプだけ貰ってポンフェラーダを目指すことにする。
道中、話した人の中に四国巡礼を経験した欧米人が二人もいたのには驚いた。ユーは遍路をしないのかと聞くので、アイムカソリックと言うと、ソーリーと言っている。なんでソーリーになるのか意味が分からなかったが、こっちは欧米人が四国遍路をすることの方がずっと不思議だ。
この辺りは舗装路の道を延々と歩くことになる。途中でバナナを食べていたら、イーデンの相棒の小柄な女性が挨拶しながら追い越していく。昨日のアルベルゲで洗濯をシェアした女性だ。小さいけど馬力があり、自分との距離が縮まらないどころか離されていく。
遠くにポンフェラーダの街並みが見えてきたのに、巡礼路は街まで直進せずに延々と回り道をさせられている。どういう積もりだと言いたくなるほど理不尽な回り道に閉口する。ポンフェラーダを中心にしてコンパスで円を描くように道は続いているのだ。これじゃぁ幾ら歩いてもポンフェラーダに辿りつく事はできないぞと思った。それでもやっと街の入り口までやって来た。大きな橋の手前で道が分岐していて、カミノへ続く道は矢印が左と示しているが公営アルベルゲは橋を渡って右の筈だ。ザックからタブレットを引っ張り出してGPSで確認するとやっぱりアルベルゲに泊まるなら右に行くのが正解だと分かる。タブレット様々だ。橋を渡って右に歩いていくとアルベルゲは大きな建物だったのですぐ分かる。立派な門をくぐって中に入るとイーデンと小柄な女性は既にイスに座って寛いでいた。受付は1時からだそうで、あと45分ほど待たなくてはならないようだ。でも、20mほど離れた別棟からは既にシャワーを浴びたらしい人が歩いてくるので自分も待っている間にシャワーを浴びて洗濯もしてしまう。これは合理的で素晴らしい。
オープンの1時近くになると続々と巡礼達が集まりだし、受付のテーブル前にはザックが20個ほど並ぶ。自分がシャワーを浴びている間にイーデンが私のザックを列に並ばせて番を取っておいてくれてた。昨晩、自分のベッドの上段にいたヒゲもじゃロンゲのハビエルもやってきたので、「ハビエルッ」と声を掛けたら嬉しそうだった。ひとが自分の名前を覚えてくれると言うのは嬉しいと分かっているが、どうも名前は覚えられない。でもフランシスコ・ザビエルと同じ名前のハビエルだけは例外で一発で覚えられた。イーデンの名前も初めて聞く名前だったので覚えられなくて、イーデンがいると昔活躍していたタレントのイーデス・ハンソンを思い出すようにしてやっと覚えられた。
夕飯のシェア
受付が始まり宿賃は寄付制だった。10ユーロ札しか持っていなかったのでイーデンの5ユーロ札を貰って二人で10ユーロにした積もりだが、受付テーブルに置いてある寄付の箱に入れたのはイーデンだけだったので私は寄付しない人に見られたか知れない、ちょっとだけ後ろめたい。クレデンシャルのスタンプスペースが裏表とも一杯になってきたので、受付時にクレデンシャルも発行してもらう1.5ユーロ。どこでもクレデンシャルは発行してくれるものではなくて、こういった大きな公営アルベルゲでしか発行してくれないのでタイミングを計っていたのだ。今まで使っていたクレデンシャルはスタンプスペースが1個残しなのでグッドタイミングだった。割り当てられたベッドは残念ながら上段だった。バックパックはベッドの上に載せてはいけない決まりなので荷物が自由に扱えないのと、朝までに一回はトイレに行くので、ハシゴで上り下りする上段は苦手なのだ。
いつものルーチンは受付前に済んでいるので、ベッドを確保したら街へ買い物に繰り出す。近くに店が見当たらないので、今回は大分歩かなくてはならなかったが大きなスーパーを発見。今日はスープの素や肉団子の缶詰まで買ったので買い物最高値の10.02ユーロになってしまったが、10ユーロに負けてくれた。
このアルベルゲは立派なのだが、いかんせんWiFiがない。タブレット片手に100mほど離れた道路まで行くとフリーWiFiが飛んでいたのでそれを使わせてもらう。大きな道路をまたいだ反対側の縁石に座ってても十分繋がるのでとても便利。日本も早くこうなってもらいたいものだ。
イーデンが食事をシェアしようと誘って来たので乗る。一緒にいるおばさんとスパゲティを作るそうなので、自分も何か提供したいなと思い、またスーパーへ行ってワイン一本とヨーグルトを買ってきて、自分ひとり用に作っていたスープを3人分に薄めてシェアすることにする。スープは塩を入れすぎてしょっぱかった。もう一人の女性はデンマーク人のクリスティーナと言う名前だった。スパゲティはクリスティーナの味付けなので、図らずもデンマークの家庭料理が食べられたってことかも知れない。スパゲティだけど。
イーデンは西瓜も買っていたのでそれも食べさせてもらう。みんなで食べるための食料調達のとき、スーパーで西瓜を見かけたので買おうかどうか迷ったが、買わないでヨーグルトにして良かったと英語で伝えてみるが、何となく伝わったようで笑っている。隣のテーブルの人たちも交えて楽しい夕食になった。日本人のYさんと言う人も一緒になり、こっちのワインも飲んでもらう。Yさんは穏やかだが社交的で外国の人に人気があった。
イーデンとクリスチーナの名前を覚えるために、発音する声を聞きながらフルネームをカタカナで書いたのを再現すると、まったく同じだと驚いていた。二人ともノートを出して書いて書いてというのでカタカナで書いてあげる。こういうのも楽しく、難しい外国の発音を書き表せる日本語は偉大だと思った。
ここのアルベルゲの入り口に忘れていったのか不用品なのかは知らないが、衣類や履物が山積みになったコーナーがあり、必要な人は貰っていいらしい。1枚捨てようと思っていたフリース(一番上の緑ぽいの)を置いといたらすぐになくなったので貰い手があってよかった。日本から持参のクロックもどきサンダルはかさ張るのでペラペラの草履と交換する。これなら半分以下の体積なのでザックのスペースが大幅に助かる。不用品交換はとてもいいシステムだ。
カカベロス
歩き30日目の6月12日。自販機のコーヒーを飲んで7時ちょっとにポンフェラーダを出発する。歩きだしてまもなく立派な城壁沿いを歩く。ポンフェラーダってこんな立派なお城がある町だったんだ。時間があったら見物したいような本格的なスペインの城なので残念だった。
巡礼路が集合住宅の真ん中を貫通するところがあり、面白かった。前にも巡礼路が民家の中を貫通したことがあって、こういうのは誰が地権者になっているのだろうと不思議に思う。
小さな村を通過するときに、小さな教会の入り口でスタンプを押してくれるので0.5ユーロを寄付して押してもらう。次の町でも同様なのがあったが、こんなに度々あるんじゃ叶わんと、今度はスタンプだけ貰って寄付はしないでおく。昨日のアルベルゲで石鹸をなくしてしまったので、通りにあった雑貨屋で一個買っておく。今度の石鹸は日本にあるようなちゃんとした化粧石鹸だから油ギトギトにならないだろう。使うのが楽しみだ。
町を抜けたところに石のテーブル・イスがあったので靴紐をゆるめて大休止にする。持参のカステラを食べていたらフランス人のアンドレアが話し掛けてきた。カミノを歩くのは2回目らしい。洒落た帽子を被り首には黄色いスカーフを巻いている。フランス人らしく、ちょっとキザぽくてお洒落な男だ。どうせ時間があるのでオレンジも剥いて食べてしまう。
山の中に入ったところでスカート姿の大柄な女性がアンケートを取っていて、こちらを確認すると近づいてきた。何を言っているのか分からないが、名前を書いてとしつこく言ってくるので、その用紙を見てみたら数名の名前の端っこに金額が書いてあったので、ネットで見た巡礼目当ての寄付金詐欺と直感する。名前を書かせたら次はお金を要求するそうだ。ノーと言って突っぱねる。こういうとき言葉が分からないと断るのも簡単だ。だが、すぐ後にやってきた巡礼は言われるまま名前を書いているのが遠目で確認できた。お金を請求されたか聞いてみたいところだが、どっちみち後の祭りだから止めておく。言葉分からないし。
道沿いに見たことのない果物が成っていたので写真を撮っていたら、さっき署名していた夫婦連れのご婦人が果物の名前を教えてくれたが覚えられなかった。その先で旦那の方が農家が栽培しているであろうサクランボ畑から勝手に収穫している。片手いっぱいにサクランボを持っていて、通りがかった私に3粒くれた。いいんか?夫婦はフランス人で、知っている日本語を幾つか喋ってくれたので、私も幾つか知っているフランス単語で答えてあげる。この道端にでかいホテルの看板が立っていて、For
PeregrinosSingle room 36euorsと書いてある。ホテルって36ユーロもするんだと写真を撮っておく。
カカベロスの街に入って来た。通り道に古い教会があったのでアルベルゲはこの近くかなと思ったが、見当たらないのでGPSで調べると街を抜けた所にあるようなのでそのまま通過する。12時5分前にカカベロスのアルベルゲ前に到着。同じ敷地内にある石作りの古い教会と同化してるような面白い作りのアルベルゲだ。すぐオスピタレラがやってきたので一番乗りでチェックイン。ここはシングルベッドの二人部屋が聖堂をグルッと囲むように回っていて、とてもユニークなアルベルゲだった。二人組や4人組にはまるでツインルームみたいで豪華に感じることだろう。その代わり、小さな部屋ばかりなのでキッチンはなく、食堂らしいのは囲みの中央にあるテントだった。洗濯場も物干し場も囲みの中のスペースなので、宿泊場所の構造上こちらもユニークと言うことだ。どちらかと言うと、いつもの普通のアルベルゲの造りの方が機能的で使いやすい気がする。隣のベッドには欧米の男性が入ってきたので話をするとブルガリア人だった。ブルガリアって自国民500万人が近隣の国に国土を取られた時にブルガリアに戻れないまま外国で暮らしている複雑な国なんだよなぁと思ったが、それを話せる英語力がない。
カカベロスという名前には何故か記憶があるのだが、どうしても思い出せない。「ジョジョの不思議な冒険」に出てきそうな名前だが、何だったんだろうなぁ?
このアルベルゲは街外れなので、かなり離れた街中まで食料調達に行って来る。キッチンが無いのが分かったので、すぐそのまま食べられる生ハム、ビール、コーラにでっかいエンパナダを買って帰る。エンパナダは恐ろしく硬く乾燥していて、中身の具も食べていいのかなと思わせるような物だ。エジプトの墓から出てきたような代物なのでホントに食べても平気なんか?
ちょっと風邪気味のようなので食後は薬を飲んで一眠りすることにする。1時間寝たら少しスッキリしたようだ。このまま何事もないといいのだが。一昨日、雨の中を濡れながら歩いたし疲れも蓄積されてるだろから病気にならないよう体調管理は大切だ。
モンターニャへ続く
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