メトロ初挑戦

 出発から62日目の7月12日。パリ観光4日目だ。昨日はベルサイユへ行くのにKさんと交通機関を利用して自信がついたので、今日は一人でメトロに挑戦しようと思う。日本でも地下鉄には一人で乗ったことがなくて、地下鉄は分かりづらいと言う先入観があるのだがパリの地下鉄は分かりやすいと評判なのでチャレンジしてみることにするのだ。まず、Kさんに教わっておいたホテルから一番近いメトロ駅を目指す。途中のガード下にルンペンがいますよと聞いたとおり、老人のルンペンが地面にぶちまけた沢山の身の回り品の中にうずもれて寝ていた。立てかけてあるコウモリ傘が唯一プライバシーを守る道具なのか。日本のホームレスの場合は自活して見える逞しさを感じるが、この老人ルンペンは死ぬのを待っているような風情でやるせなさが漂っている。

 パリの地下鉄は路線ごとに出発駅(Aとして)と到着駅(Bとする)が記してあり、目的の駅がそのあいだにあって、それがA駅方面にあればA駅方面行に乗ればいいしB駅に向かうならそっちに乗ればいい。乗り換えるときも同様にすればいいのだが、この説明で分かるかなぁ。ちなみに左の写真はモンパルナス駅での乗り換えを教えてくれる案内だが、赤い丸で囲った左矢印のM4とM12は地下鉄の4番と12番駅方面で(MはメトロのM)、右方向を示しているM6は地下鉄6番線の乗り場を示している。Sortieは出口だ。それが理解できたので大した不安も感じることなく地下駅に続く階段を降りて行く。パリの地下鉄入口って謎めいた匂いが漂っているので入って行くときになんかドキドキするものがあるね。観光客目当てのスリがやたら居るって言うし。
 ノートルダム寺院に行くには途中で巨大なモンパルナス駅で乗り換えなくてはならないのだが、嫌な思い出のあるモンパルナス駅なので一抹の不安があるが取りあえずモンパルナスまで行ってみることにする。チケットは窓口に係がいたので指を一本立てて1枚を買うことが出来た。このとき人差指で1を示すと2枚買うサインになることがあるので注意が必要だそうだ。フランスで1を示す時は親指を1本立て、2は親指と人差し指を立てるそうだ。私もそれに倣い「こ、こうかな」と、ぎこちなく親指を立てて1枚買う。メトロは何処まで乗っても同じ料金なので枚数を言うだけで買うことができるからとても簡単だ。モンパルナス駅には簡単に着いたが、乗り換えの時に方向を間違ったかと勘違いして逆側のホームに移動したところ、やっぱり間違えてなかったのが分かったのでまた元のホームに戻る。パリの地下鉄は改札さえ出なければ幾ら乗り換えても1枚の切符で済む所が素晴らしい。無事にシテ島内のシテ駅に到着。やったぜ、生まれて初めて地下鉄に一人で乗った!って、初めてのお使いか。


ノートルダム寺院

 ノートルダム寺院はチケット売り場も見当たらないし、もぎりの人もいないので変だなぁと思ったが、寺院に入るのは無料だった。太っ腹〜。塔の上まで行けるクリプトツアーと言うのがあり、それは有料だがパスが使えると言うことなので探してみると、寺院の外に一人だけ既に並んでいた。一人だけだからただ座っている人かなとも見えるので、一応確認してみたらやっぱりクリプトツアーを待っている人だった。でもツアーの時間は10時からで、現在まだ8時半だからまた聖堂内に戻って見物してたところミサが始まったので、ノートルダムでミサに与れると喜んで観光客とは切り離された中央の列に座らせてもらう。ミサの中で男性がソロで歌うのが素晴らしいので、つい動画で撮影していたらムッシューと係りの人に注意されてしまった。ムッシューは呼びかけるときに便利な単語なので、私もフランスではムッシュー、スペインではセニョールを何度も使わせてもらった。日本では「もしもし」や「すみません」が定番で、フランスやスペインみたいな呼びかけ方はないようだ。敢えて上げるとすれば「旦那さん」とかだろうか。やっぱり一般的じゃない。

 ミサが終わったのですぐクリプトツアーの場所に行ってみると、もう4,50人が列を作っていた。ま、大した長さじゃないから平気だ。石の柵に腰掛けて待っていると日本人ツアーの団体が前を通りながらサンチャゴ巡礼がどうのこうのと喋っているので声を掛けたくなったが行ってしまった。
 10時を知らせる鐘なのか、ノートルダムの鐘の音がガンガン鳴り始めた。いつまで鳴らすんだいと思うほど長く鳴り続けているが、ツアーで塔に登っているときに鳴らされたんじゃたまんないだろなと心配する。クリプトツアーは少人数のグループごとに送り出す方式だったので、ブロックごとにバスンバスンと列が短くなっていく。入り口の掲示板には、ツアー中は階段が何百段あって、途中にトイレがないと言う脅し文句が日本語でも掲示してあった。ツアーが始まると狭い石段を登っていき雰囲気たっぷりだ。まず着いたところはお土産部屋だった。何で?どうやらこの部屋で前のグループがはけるのを待っているようだ。暫し待つとお許しが出たので上がっていくと青空が見える屋上に出る。

 ノートルダム紹介のテレビや写真でお馴染みのガーゴイルなどの石像がいっぱいパリの街を見下ろしていて、あ、これだこれだと写真をいっぱい撮る。教会には不釣り合いの怪物像だけど、フランス人にとっては日本の神社にある狛犬みたいな感覚なのかな?狭いけど少人数ずつなのでドヤドヤ感もないし、かと言って急かされることもないので快適に見物することができて、このツアーはグーだ。そのせいで後ろに行けば行くほど出発は遅くなるだろう。参加するなら朝イチがお勧めです。ノートルダムのせむし男で有名な巨大な鐘が一番てっぺんに2つ下がっていた。もの凄い大きさで何十トンもありそうだが、こんな重いのを吊り下げていて大丈夫なんかと本気で心配するようだ。遥か下にはノートルダムに入ろうとする人達がうねうねと蛇行しながら長蛇の列を作っている。見学無料のノートルダムだけど、やっぱり入場制限してるだろから入れないんだろな。

 次は近くにあるセント・シャペル教会に行ってみる。入り口にはチケットを買う人の列が30mくらい続いているが、立て看板には「パスを持っている人はこっちから」と書いてあるようなので半信半疑ながら一人も並んでいない通路から入っていくとパスを見せるだけで入ることが出来る。おー、これだよこれ。パスを持っている一番のメリットはこれだとガイドに書いてあったのが実現できて高いパスを買った甲斐を感じる。聖堂内はステンドグラスがこれでもかと言うくらい張り巡らされており、まるで光の洪水のようだった。光の洪水、この表現はどっかのガイドブックにあった気がするがその通りだからいいや。大きさではノートルダムに劣るが、ステンドグラスの美しさでは断然こっちだろうと思った。

 この近くにはもうひとつ見所がある。マリー・アントワネットが革命のときに投獄されてギロチンに掛けられるまで過ごしたというコンシェルジェリーだ。入り口が分からなくて半周してしまったが、通り過ぎたのが分かり戻って行く。入り口は観光名所ぽくなく普通の家の玄関みたいだから見落としてしまったのだった。狭い入り口から入って行くと、まぁ閑散として光も入らないような広い地下室の奥にマリー・アントワネットが入れられていたという独房はあった。当時を再現したという牢屋の中に、壁を向いて座っているマリー・アントワネット人形が置いてあり寒々しさを醸し出している。その後ろには二人の兵隊マネキンが衝立越しに立っており、投獄されてる間は衛兵にずっと監視されてたんだね。さぞや居心地が悪かったことだろう。ギロチンに向かうときに喉を潤したという小さな水差しも展示してあった。まぁ贅の限りを尽くしたお姫様が何を考えてこんな所にいたことかと、どうしても想像しちゃいます。マリー・アントワネットと言えば、多くの肖像画が残されているので美しい盛りにギロチンで殺されたかと思っていたが、ここにはいい年になった肖像画もあったので少しは気が和む(?)。
 セーヌ川の向こうにはサンジャック塔が見えるので橋を渡って行って見る。サンチャゴを目指してパリをスタートする人の出発地点が、ここサンジャック塔だそうだ。モンテド・ゴソで会ったおばちゃんも、間違いなくここからスタートしたんだろう。こっからコンポステラまでは凡そ1400km位だろうか、少なくともまる2ヶ月は歩き続けるんじゃなかろうか。だからここからスタートする物好きは年に何人もいないのではないかと勝手に想像する。ゴソで出会ったそのおばちゃんは英雄のように眩しく見えた。

 まだ時間がたっぷりあるので、オルセー美術館でも行って見るかと歩き出すが、その途中にコンコルド広場のオベリスクが遠くに見えたので気が変わってそっちに曲がって行く。コンコルド広場の奥にはルーブルのガラスのピラミッドがあって、ルーブルからコンコルド広場を経由して凱旋門まで通りが続いているのが分かった。ルーブルからコンコルド広場までは広大な公園になっていて、大きな噴水の周りにはベンチがあり、沢山の人達がのんびりしている。こういう所でまったりしているのもいいかも知れないが、日本から日にち限定で来ているんだからそうもしてられない。
 革命記念日が近いので、コンコルド広場は普段とは違うようで近くには行けなかった。ちょっと回り道しながらシャンゼリゼ通りに向かう。だれでもこの通りを歩くときは例の歌を口ずさむのではないだろうか。オーシャンゼリゼー、オーシャンゼリゼーと幾度となく口ずさむが、それ以上の歌詞を知らないので同じ所を繰り返すだけだ。ちなみに革命記念日と言うのはフランス革命を記念した日なのだが(まんま)、日本ではパリ祭とお洒落に言うようだ。でも、フランス人はそんな呼び方誰もしてないようだよ。

 歩いて行くとプチ・パレとグラン・パレの建物があったので、そう言えばこんなのがあったなと思い出し、まずプチ・パレに入ることにする。パスが有効かと聞いたところ、ノーチケットだそうだ。つまり無料。ここは美術館だった。中に入ると彫刻などの作品の前に陣取ってスケッチしている人が何人もいる。話には聞いていたが、まぁ大らかなもんだ。それに対して日本の美術館は・・・(以下省略)。
 美術作品では教科書に載るような有名なのはひとつもなかったので面白くなかった。反対側にあるグラン・パレも似たようなもんかと入らないで、エネルギー補給のために前の石段に座り持ってたジュースでパンをかじっておく。ヒゲも伸び放題だし粗末な身なりだし、ホームレスに間違われないかとちょっと心配になる。
 明後日の革命記念日ではシャンゼリゼ通りを軍事パレードが行進するので二重のフェンスが物々しく並んでいるが歩くのに規制はなかった。テレビで見たとおり、シャンゼリゼ通りには沢山のカフェだかレストランが軒を連ねている。ここの通りっぱたでお洒落にコーヒーでも飲んでみたいが、独りじゃ間が持たないし恥ずかしいので止めとく。注文の仕方もわからないし。ここには何とマクドナルドが出店していた。マクドなら値段も想像できるので入って行くが、まぁ皆さん考えることは同じようで観光客でわんわんごった返している。店員に直接注文したいが、こう混んでいては言葉が分からずにもたついていては迷惑だろう。機械で注文もできるのでトライしてみたがカードがどうのこうのと難しかったのでスゴスゴと店を後にする。この通りには娑婆っ気たっぷりのマクドナルドのほか騒々しいディズニーの店まであり、そんなんでいいのかシャンゼリゼと思った。京都三千院前の産寧坂なら絶対に出店させないだろう。

 凱旋門の前までやって来た。まぁ人でいっぱい。凱旋門の外周は信号いらずのロータリー交差点になっているので歩行者は横断して凱旋門の下まで行くことができない。事前に学習しといたので、凱旋門の下へと通じる地下道を見つけて入って行くと、ここでも長蛇の列ができており400人くらい並んでいるんじゃなかろうか。どうやら凱旋門の屋上に行くチケット売り場のようだ。私はパスを持っているので列を横目で見て通過。凱旋門のすぐ下に出られる。古くはアラン・ドロン主演の映画「冒険者たち」でアラン・ドロンが複葉機で凱旋門のあいだを通過しようとしたことがあったが、フランスを舞台にした映画では数限りなく登場してきた本物の凱旋門の下にいま来ているんだなと、ちょっと感激。屋上に通じる入り口は目の前にあった。地下通路のチケット売り場には長蛇の列があるのに、当の入り口に列はまったくないので、チケットを買うのに時間が掛かるからこっちでは列にならないのが想像できる。つまりチケット売り場の窓口が少なすぎるんだろう。ここもパスを見せるだけで入ることができる。パスとても便利。螺旋階段をぐるぐる廻って途中の広い踊り場に出ると、そこはお土産売り場にもなっていた。天井が低く明りも少なくて、いかにも昔作った建物感がぷんぷんしている。

 屋上に出ると一気に視界が開けてパリ中が見渡せる。凱旋門を中心に12本の通りが放射状になっているのが目で見えて素晴らしい。その様子からエトワール(星)凱旋門と言うらしい。遠くには第2凱旋門と言うらしい近代的なビルが通りの遥か先に見える。あれが凱旋門〜?冗談よしこさんだよ。
 疲れたので帰りもメトロで帰ることにする。路線図を貰っておいたので大いに役立つ。この駅からだとまたモンパルナスで13番に乗り換えて行けばいいのが分かった。と言うことで何てことなくホテル近くの駅まで戻って来られる。パリの地下鉄恐るに足りず。部屋に戻ったら、いつも夜遅く帰ってくるコリアの子が帰ってきていた。シャワーを浴びてるあいだにKさんも帰ってきた。いつもの商店に買出しに行って、500mlハイネケン2、トマト、ポテチ、玉子にジュースを買って帰る。やっぱりパリはスペインの2倍高い。


ナポレオンの棺

 出発から63日目の7月13日。いつもの朝飯を食べて8時にホテルを出発。今日も元気に40分歩いてまずはドーム教会と言う所に着く。ハテ、ドーム教会ってなんだったかな?どっちみち開館には早いので広大な敷地をグルッと廻った反対側にあるアンバリッドと言うのを目指す。と、ここで道端に黄色い矢印を発見!知らない人には何の印か分からないだろうが、これは千数百キロ彼方のサンチャゴ・デ・コンポステラまで続いている矢印なのだよ。少し離れた交差点にもひっそりと黄色い矢印が描かれていた。そうか、サンジャック塔を出発した巡礼道はこのドーム教会の前を通って私がスタートしたサンジャン・ピエド・ポーに繋がっているのかとほんのり感激した。この矢印を辿って歩いてみたい気が少しだけするが、フランス国内を1カ月歩くにはさすがにフランス語が必要だろう。それは絶対に無理。
 アンバリッドへ行く途中にロダン美術館が見えたので、ここもパスが使えるから寄ってみようと道路を渡って前まで行ったところ月曜が休館日だった。ロダンの作品は日本をはじめ同じのがアチコチにあるから惜しくもないや。

 アンバリッドに着くと男女の警官が門番をしていたのでパスを見せて入ろうとしたところ、ムニャムニャムニャと訳の分からないフランス語で問答無用と追い返される。ここも他と同じ9時オープンと思ってやってきたが、張り紙を見たらここは10時だった。他を廻ろうにも歩いて行くには距離があるので開くまで待つことにする。その間にも観光客がやって来て扉に近づいて行くと、そのたびに女性警察官が半開きになっている鉄門をガチャンと閉めて入れないようにしている。まるで意地悪してるみたいだ。施錠しちゃえばそんな手間は要らないだろうが、ここは業者や職員の車が頻繁にやってくるので締め切りには出来ないらしい。歩きの職員も車もみんなパスを見せて通らせてもらっているが、一人のフランス爺さんはパス無しで通ろうとして交渉するも撃沈されていた。殆どの観光客はまだ入れないのが分かると行ってしまうので一人きりで門の前で待っていると、今日はもしかして休館日じゃないのかと心配になるが、30分もすると他の観光客もここで待ちだしたので安心する。門の前には大きなロータリー式交差点があって、これに出入りする車を見物してるのも面白い。スムーズにロータリーに侵入して別の出口から上手に出て行く車もあるが、対向車とのタイミングが悪くギクシャクする場合もあり、ビービーとクラクションを鳴らされている。時折通過する白バイだけは手を挙げながら大きな顔をして侵入していて、他の車は仕方なく道を譲っている。日本ならパトカーでも白バイでもサイレンを鳴らし赤色灯を点けてない限り一般車両と同じに走らなくてはならない筈だが、やっぱりフランスはこういう所でもテキトー。

 オープンと同時に門の中に入ることができる。ここは軍事博物館になっていて、入り口の両側には第二次世界大戦の戦車が並んでいた。中世の武器・甲冑から始まり、近代兵器に至るまでがこれでもかと言うほど山盛り展示してあった。この中の一つでも持っていれば何でも鑑定団で「驚きの価格がっ」となるだろう。男性は大いに興味があるだろうが、女性に取ってはどうなんかと思わせる博物館だった。子供のころは拳銃ファンだったので、当時覚えたドイツ拳銃のルガー、ワルサー、モーゼルに加え日本軍の南部十四年式拳銃の本物があったので感激してみんな写真に収める。




次はお待ちかねのナポレオンの棺があるところに行って見ると、それはドーム教会の中だった。忘れていたがドーム教会ってそういうところだったのか。ここは隣の博物館とは対照的に華麗で優美さがあった。さすがフランスの誇り、ナポレオンの墓だ。棺は上からも見られる地下にあって、三層構造になっている棺の中に本物のナポレオン・ポナパルトの遺骸が納まっているそうだ。へー、この中にねぇ〜と思うが中は見えないので想像するだけだ。



オランジェリー、オペラ座

 セーヌ川を渡ってオランジェリー美術館へ行ってみる。150人ほどの行列ができているが、パスを持っている人の入り口は別にあって、ここでも賓客待遇で先頭一番で入ることができる。パス様々で買って良かったこと。ここの目玉は何と言ってもモネの大作「睡蓮」だ。1部屋をまるごと使ってモネの作品をたった2枚だけ展示している。同じ部屋がもうひとつあって、合計4枚展示してあるが有名なのは分かっているが正直、どこがいいんだろうとマジマジと見てしまう。他に知っている絵は、ルノワールのピアノを弾く少女くらいだったので余り面白くなかった。ここの軽食堂で昼飯を食べておくことにする。ボカディージョとハイネケンで9.3ユーロ。高いけどちゃんと食べたお陰でパワー回復して午後も元気に歩き回れる。やっぱり食事は大事なんだな。歩きだし。

 エリゼ宮と言う名前に惹かれてやってはきたものの、地図ではこの近くの筈なのだがさっぱり見当たらない。歩いているパリの婦人に聞いたところ親切に教えてくれたのにまったく見つからないので、エリゼ宮は諦めてマドレーヌ教会へ行って見る。やっぱりお菓子のマドレーヌと関係あるんだろうなと思うが何の知識も仕入れてないので分からない。来て見ると今までの教会とは趣が違ったギリシャ風の柱が無数に立った大きな建物だった。中ではパイプオルガンの演奏会をやっていたので、少しの間、鑑賞させてもらう。

 ずっと聞いているのも勿体ないから、この近くにあるオペラ座を目指す。広い通りが更に広くなった所にオペラ座はあったのですぐ見つかった。ここもまぁ立派。オペラ座は建物の脇から入場観光できるそうなので行ってみることにする。苦手の券売機でチケットを買わなくてはならないが、何とかゲットすることができる。11ユーロとお高め。でも中はそれに見合うほどの豪華さで見ごたえは十分だった。旅行雑誌で何度も見た大階段をはじめ、豪華絢爛のロビー(パリは豪華絢爛だらけ)、2階の個別観覧室に入ることが出来て、ここから劇場全体も見ることができた。上にはシャガールの大きな天井画に舞台上では大道具さんが準備中で幕を開け閉めしている。外へと通じるベランダから下のロータリーを見たら、車体にドゴール空港行きと大書きしたバスが見える。事前情報で得ていた空港行きのバスが確認できたが、ここから乗る予定はないので見たというだけだ。

 近くにある老舗デパートのギャラリー・ラファイエットとプランタンの前を通って地下鉄13番線に乗る。この地下鉄入口も穴倉ぽくてかなり胡散臭い。この13番はホテルから一番近い駅に乗り換え無しで直行するのでとても便利。ホテル近くの駅名はPlaisanceと書くのだが、車内のアナウンスではこれをたった3つほどの音(プレサみたいな)で言ってしまうので文字と喋る言葉を両方知らないと何を言っているのか全然分からないと思った。そのプレサ(?)駅からホテルに向かう道筋には大きなスーパーがあったので、食料を仕入れて帰ることにする。明日は革命記念日で店は休みが多そうだから大量に買っておいた方が良かろう。ハイネケン6、玉子6、ポテチ、クッキー、トマト2、サンドイッチ、桃缶で15ユーロ。買い物の最長不倒金額だ。ハイネケンは同じ物がホテルでは2ユーロで、ここでは6缶で5ユーロだった。嘘みたい。
 一人ホテルの食堂で酒盛りしていたら、日本人のKさんが隣でカップ麺ならぬカップパスタを食べ始めたので缶ビールとゆで卵にポテチも上げる。みんなドミトリーに泊まるような人は、こうやって節約してるんだよね。若いお嬢さんの節約旅、いじらしいです。しかも花のパリだよ。このKさんはフランスの後はイギリスに数日行ってからドイツに渡るそうだ。全部で1ヶ月間の旅行で日本に帰ったら職探しですと言っている。イーデンから英語のメールが入ったので訳してもらう。理解できなかったカンパニーという単語は、会社ではなく「同じ釜の飯を食べた」とか「同じことをした」と言う意味だと教えてもらった。それだとメールの意味が繋がった。

革命記念日 に続く