野辺山箱根編

 1978年8月後半、軽井沢で行われた青年会の集まりに3日間参加した後の午後3時過ぎ、これからやっと夏のサイクリングの始まりとなる。会場の山荘から友達に見送られての出発。
 国道18号を西へ走り、間違わないように地図を見ながら佐久へ向う。141号にでられれば、こっからはもう暫くは迷うことはない、何も考えずに南下さえしていればいい道だ。訳の分からない町から幹線道路に出られるとホッとする。
 佐久市を過ぎると段々と山あいの寂しい道になってくる。それに夕方が近づいてくると薄暗くもなってくる。遠くの線路を走っていた電車がトンネルに入っていくのが見えるのも何とも物悲しい感じがする。寂しくなってくると旅に出たって気がして、やっぱこの薄ら寂しさが一人旅の特徴だ。今回、賑やかだった3日間のあとだから尚更そう感じるのかも知れない。午後6時40分、千ケ滝付近の食堂で味噌カツ定食の夕飯にする、850円。

 夕食の後はしばらく野辺山高原への急な登り坂が続く。夕方だし、高原が近いしで同じなんでも真夏の昼間に山登りするよりはずっとマシにペダルを漕ぐことができる。
 段々と景色は高原らしくなってきて、道路っぱたの野菜も高原野菜らしく見える。何が高原野菜なんだか知らないけど、何となくそう見えるから高原野菜なんだろう。もう7時を過ぎているのでそろそろ休みたいなー、でもまだ寝ちまうには早いしなー。どっか適当な所がないかなぁ。この道路沿いには鉄道の小海線が走っているので、走っている内にはどっか泊まれる駅があるだろうという目算があるので幾らか気楽だ。線路沿いの道を走るというのは命綱を掴んでいる感じがして満更でもない。


 7時40分、真っ暗の中でふと見ると駅らしいのが見える。近寄ってみると何と国鉄で一番高いところにある有名な野辺山駅だった。こりゃ予定外なので儲けものだ。うーむ、まだ時間は早いけど、この駅がこの辺りで一番大きくて立派らしくおまけに有名なんだから、この駅を今晩の宿に決めちゃおう。ってことで早速駅の待合い室を偵察にいく。まだこの時間では時折山登りの格好をした乗客がパラパラと乗り降りをしている。そうか、ここは八ヶ岳など有名な山が近くに控えているから登山の駅なのが分かった。
 駅の近辺はというと、一応観光地ぽく土産物屋なんかあるけど、駅自体は地味なもんだ。時刻表で最終電車の時間を確認、21時44分だそうだ。それまで辺りをブラブラして過ごすことにする。山の中の集落だけど、駅の回りだけは少し賑やかで、自動販売機もトイレもあるから便利なもんだ。コーラや暖かいココアを飲んで過ごす。やっぱり高原だからこの時間になってくると夏でも肌寒いくらいになる。更に夜が更けてくるととっても寒くなってきたので、バッグから長袖セーターを引っ張り出して着込み、単パンの上にニッカズボンをはく。夏のサイクリングにニッカズボンまではいらないかなと思ったが、持ってきて良かった。

 田舎の駅員さんは愛想がいい、それにつられて一応断っておこうかなと待合室で泊まってもいいかと尋ねてみると、黙っていますよと言ってくれる。さすがに「どうぞ」とは言えないらしいが暗黙の了解をしてくれたってことのようだ。ありがたい、それで十分ですー。こちらも駅員さんに気を使って、終電がでるまでは横にならないようにして、じっと待合い室に行儀良く座って待つ。それにしてもさみーなー。
 さて、終電も出たことだし、いよいよ木製長椅子にシュラフを敷いて寝かせてもらいましょうかね。と・・・終電が出るのを待ってたのは俺だけでは無かったのだ。地元の4人組らしいのが待合室で酒盛りを始めたのだよ。12時過ぎまで騒がしかったのを覚えてるが、その次に気がついたら誰もいなかったから知らない内に帰っていったようだ。やっぱりこの位の山の中では夜遅くまでやってるスナックなんか無いから、飲み会するときにゃ駅とか利用するんかねぇ。


2日目

 8月28日(月)、5時50分に起床。快晴だ、嬉しい。まるで初冬のような寒さに自販機で暖かい缶コーヒーを飲む。真夏に寒いってのもありがたいんだか悲しいんだか。

 駅から少し走ると、国鉄最高地点の看板があった。そうか、国鉄で一番高い駅があるってことは、必然的に一番高い線路もあるってことなんだ。八ケ岳も澄んだ空気の中にきれいな姿を現しているので記念に寝転がって写真を撮っておく。やっぱ高原だねー。
 さてさてこれから暫くは痛快丸かじりのダウンヒルが続いてくれる。車も殆ど走ってない山の中の道なのでビュンビュンと好き放題スピードを出して下っていく。でも高原の早朝なのでさすがに寒過ぎる。

 8時40分、道も平坦になってきて甲府バイパスに入る。この辺りで軽井沢で貰ってきた焼きむすび2個と自販機のオロナミンCで朝飯とする。何ともいい加減な朝飯だ。近くに水があれば食後の歯磨きもちゃんとやります。通りっぱたのコインスナックには水道も備わっているので旅先では何かと便利。

 甲府精進湖有料道路に入る。自転車は10円。10円くらいなら記念になる通行券がもらえるからむしろ嬉しいくらいだ。大事に持ち帰ってまたアルバムに貼ろーっと。
 しかしひと山越すだけあって何ともさすがにこの道はハード。路面状態はとてもいいのだが結構な登りだ、心臓が口から飛び出しそうな気がする。
 この道を同じ方向に上っている、やはり自転車旅行中の神奈川の青年としばらく前後して走る。でもだいたい彼の方が先なんだけどね、若さにはかなわんよ。彼はキャンプの用意があるらしく、キャンプ場の本を持ち歩いているそうだ。キャンプ場ってのはテントなしでも泊まれるのかなと、ちょっと見せて貰う。キャンプ場には貸しテントがあるそうだが、それにしたって飯は自分で何とかしなくちゃだろう、面倒くさそー。やっぱり建物のひさしの下を借りる寄生野宿が一番簡単だ。

 あまりの暑さと勾配のため、水の消費が激しくボトルの水がなくなってしまった。困ったなーと思ってた所、道路から30m程下の川で水が汲めそうだ。水なしで炎天下を走って恐ろしい目に遭った経験があるので、川の水だって何だって熱射病になるよりはましだ。早速ボトルを持って崖下へ汲みに降りて行く。ついでに顔も洗い頭も冷やしてさっぱりすっきりしておく。体温を下げるチャンスはずぇったい逃がしちゃならんのだよ。

 12時半、精進湖着。山を越してさあ下りと思ったら、幾らも下らないですぐに精進湖になってしまった。やっぱり富士五湖ってのは標高が高いんですかね。数時間ぶりに自販機にお目に掛かれたのでトマトジュースとミカンジュースを飲んでおく。
 それにしても登りの途中でハラペコにならなくて良かったー。時間も調度いいところで山越えができて良かったよ。山のこっち側に出てしまえばアップダウンは少ないし、観光地だらけだから食べるところに困ることはないという目論見だったのだ。予定通り道ばたにあった食堂でカレーの昼飯にする。

 富士の風穴という観光名所があって、70円を払い中に入ってみることにする。穴の近くまで来ると、凄い風が穴の中から吹き出して来て、こりゃまるでクーラーの風そのものだよ、真夏なのにありがたいねー。中に入ったら涼しいどころか鳥肌が立つほど寒い。それもその筈、風穴の中には万年氷や氷柱まである。こんな所に暫くいて体が寒いのに慣れちゃったら外に出るのが恐ろしいかもね。案の定、外に出るところでは掛けてる眼鏡が真っ白に曇ってしまい、真夏の暑さが襲ってきた。うー、あぢーよー。

 

 河口湖の有料橋、河口湖大橋を記念に渡ってみる。ここでも自転車はたったの10円だから記念の通行券がほしい俺にはもってこいだ。次に向かう目的地から考えると、今回は橋を渡る方が四角形の3辺を行くようで遠回りなんですけどね。橋は観光のひとつってことで。橋を渡りきった辺りの店で今年初のかき氷をいただく。一番かき氷らしいイチゴだ。

 富士山が一番きれいに見えると評判の忍野村をまわってみたが、何だかつまらない村だ。それとも俺の方に問題が?とっとと通過。

 山中湖へ来たけど、特にここが見所ってところも分からないので取りあえず一周してみる。うーん、やっぱり事前の観光地の勉強不足はちょっと勿体ないかもね。観光地に来たんだから湖岸で缶ビールを飲んで、ちょっとばっかし観光気分を味わっておく。
 5時半を過ぎ、まだ早めだけど夕飯を食べておこう。こっからまたひと山越すので、食べられる所で食べておくのだ。今回は定食Aランチ。
 薄暗くなってきたところで山中湖を出発。道っぱたにガラガラのキャンプ場があったので、ここは泊まれるんかなーと入り口で自転車を止めて考えていると、向こうからおばちゃんが「だめだよーっ」のサインを送ってくる。別にどっちでもいんですけど。

 ライトをつけてすっかり暗くなった篭坂峠を越えていく。うんこらトロトロ走っていく脇を自衛隊のトラックが何台も追い越していく。トラックの荷台の若い自衛隊員がときどき手で挨拶をしてくれる。彼らは今夜の寝床が決まってていいねーと思う。そう言えば富士山の付近には大規模な演習場があるんだったなー。だから自衛隊の基地もあるんだろう。
 暗くなると泊まれるところがないかと、辺りをキョロキョロ見回しながら走るのが習慣だ。道路脇には特にこれといった野宿ポイントも見つからないまま御殿場市に入る。駅に行って暫く状況判断に努めるが、どうも雰囲気がいまいちだなー。駅はあきらめて御殿場インターに行ってみる。バス停もあったが、今夜は雨の心配はなさそうなのでインターの中にある芝生の上に決定。堅いベンチより芝生の方が良く寝られそうだからね。おまけに芝生の回りには低い植木もあるので目隠しになって調度いい。今夜はここでお休みなさいだ。

 

出発から3日目

 5時45分に起きる。インターには公衆トイレやバス停用の水道もあるので歯磨きをしてから出発する。少し走ってから軽井沢で貰ったソーセージを1パック食べて朝飯の代わりにする。これでも無いよりマシ。

 御殿場から箱根へ抜ける乙女峠の有料道路がまたまた10円。ありがたいねー。
 1時間ちょっと上って、8時20分、乙女峠の頂上へ着く。この峠は割合軽くって良かったこと。ちょい寂しい仙石原の坂を下って着いたところは桃源台というところ。箱根って有名だけど割合さびれてる感じだなー。もっと賑やかな所へ行こうと芦ノ湖沿いに南下する。

 箱根神社や芦ノ湖に浮かんでいる海賊船ぽい造りのパイオニア号を写真に撮る。箱根といえば何と言っても箱根の関所跡が一番有名だ。でも行ってみた関所は映画のセットみたいなのがある程度で見るべき物がないのには拍子抜けだ。これじゃぁ水戸黄門のセットだよ。もっと当時の高札やら関所札なんかを展示してある関所記念館があるもんかと思ったんだけどなー。
 今年2回目になるかき氷を食べてから、店を代えて昼飯にする。まだ11時前だけど、朝飯がロクなもんじゃなかったから早くてもいいのだ。でも店もロクなもんがないようだから安めの山菜そばでごまかす。箱根はどの食堂も軒並み高いので閉口する。
 ここんとこ腹が減ると食べていて、昼飯は12時という事にはこだわらなくなった。これが本来人間の姿か?いや動物に近くなったてことか。

 今日はまだ時間は早いけど、もうここが今夜の寝床以外考えてないのでどこも行くところがない。どうやって時間を過ごそうかい。てことで、切手や絵はがきを買って書いてみたり、ゲーセンで暇つぶししたり狭い箱根の町をうろうろしていると、旅館の「入浴だけ歓迎」の張り紙が目に入る。おおこりゃいいや早速入ってみようみよう。看板に偽りなしで、番頭さんは大いに歓迎の気持ちを表してくれる。入浴料は500円だ。銭湯と違って、風呂場にはちゃんと石鹸もあるから快適に入ることができる。さっぱりしたー、500円は決して高くない。

 さっぱりした所で湯上がりのビールなぞ飲んじゃおう。酒屋でロング缶を買って湖岸のコンクリートの上に座って涼みながら飲むことにする。酒のつまみは持参のアーモンドだ。真夏だけど今日の空は曇り空で割合涼しい。それにしても今日は時間がありすぎるなー、まだこれで1時半だよ。

 あまりに時間があるので3時過ぎに芦ノ湖を出発する。少し上った所で山の上から芦ノ湖を見おろしてふと考えた。半端な時間に山の中に入っていって、また昨日のようになったら大変だぞ。だったらやっぱり人間がいて屋根のある箱根で夜になるのを待つのが得策か!てことで逆戻り、今上ってきた道を再び下っていく。何とも間抜けなことをやってる気がする。
 店がやってる内に明日の朝食を仕入れておこうと、パン3個に焼き肉缶詰とみかんの缶詰を仕入れる。食いモンさえ持ってればどこに行っても安心てものだ。

 早めの夕飯を5時に食べる、今回はやきそばと餃子だ。その後またまた時間つぶしを何とかしながら、野宿ポイントを物色してあるく。屋根付きバスターミナルがあったので、最終便を確認しておく。8時半、まだ寝るには相当早いけど、もうバスの発着はないらしいのでベンチにシュラフを敷き、人が来ても構うもんかと寝てしまう。


出発から4日目

 6時起床。夜、人は来なかったけど代わりに蚊が来てしまったので困ってしまった。蚊取り線香も虫よけも何も持ってきてないから、ひたすらシュラフを被って防ぐしかない。起きたらすぐに出発、涼しい内に箱根の山を越えてしまうのだ。

 上っている途中、警察が2カ所に立っていたり、普通乗用車(いわゆる覆面パト)に乗った私服警察に「25、6位の歩いている人を見なかったか」なんて聞かれる。警察のバスに沢山乗ったのが通ったりして何か捕り物でもあったのだろうか?そしたら俺の走っている道路の下をあたふたと駆け下りていく2人の男が見える。ハイキング道路じゃなくって、ただの山肌を転がるように降りて雑木の中に消えていった。あれれー、あいつらかよ。何だったんだろねー。後でニュースで知った所によると、過激派が箱根にある自衛隊だかの通信ポイントを攻撃したんだそうだ。何だかテレビドラマの一場面みたいの見ちゃったと言う事か。それにしても俺も変な時間に遊び歩ってるんだから充分怪しまれて不思議はないと思うんだけど、疑われなくて良かったこと。やっぱり汚い格好してても高貴な人柄がにじみでてる?

 有名な箱根の彫刻の森美術館前に来たが、まだ時間が早すぎて開いてない。残念だけどあきらめだね。そっから1時間走り、数年前にもやってきた小田原城につく。ここでやっと昨日仕入れた朝飯にする。食べ物持ってんだから、何も町までやってきてから食べないで、山の景色のいいところで食べた方がいいよな気もするが、下り坂の途中ってどうしてもブレーキを掛けたくないんですよね。で、結局小田原城の公園内って訳。
 小田原城は前に見物したからパス、電車に乗るために小田原駅を目指す。輪行は気楽だね。

写真は自転車持参で東京駅で乗り換えようとしているところ。

おわり