30)鏡山 385m :2019年7月21日 2019年山の記録に戻る
  6月末に、カキランの便りが山ナビに出ていた。気にはなっていたが他との計画でなかなか実現しなかった。ダメもとと一仕事終えた昼前から歩いた。
花を丹念に探したがさすがに時期遅れで来年度に持ち越しとなった。鳴谷コースは初めてで、雲冠寺跡の石仏を見学した。苔むしたあたりの雰囲気は往時を偲ばせるものだった。山頂には20名近くのグループがいて挨拶を交わした。

 
三井アウトレット滋賀竜王駐車場(11:35、11:40出発)−鳴谷池(12:00)−経塚−石の広場(12:07)−雲冠寺跡分岐(12:16)−雲冠寺跡周辺−合流点(12:26)−展望台・鏡山山頂(12:35〜12:46)−鏡山三角点(12:51〜12:53)−展望台・鏡山山頂(12:56〜13:03出発)−雲冠寺跡分岐(13:12)−合流点(13:18)ー^石の広場(13:26)−鳴谷池(13:32)−三井アウトレットパーク滋賀竜王(14:04、14:10出発)

           行動時間:2時間20分   歩行距離:5.3q  累積登高:約300m

 午前中、町内の清掃作業と自宅の草刈り清掃を終え、11:00過ぎに自宅をでた。裏道を通り、竜王IC近くに出て、アウトレットパーク駐車場に着く。早々に準備をし、舗装道に出て、少し戻る格好から砂地の川傍に下る。鏡山ハイキングコースと表示があり、案内に沿って進む。車止め風な柵があってここからが登山道になる。渓流に沿ってゆるやかな道を進む。カキランの花目当てで、YAMAPの検索で出たあたりを注意深く探しながら進むが、それらしい花は全くない。2ヶ所とも全くなしで、樹林帯の中を進む。ヒノキと常緑樹の主体の道で、足元は水が流れているところも出てくる。経塚表示が出てくるがそれらしい雰囲気はない。石の広場が右手に見えるが、帰りに寄ることにして進む。表示は親切で、要所要所に出てくる。湿気の多い林床には色とりどりのキノコがある。毒々しい赤から黒や白、様々である。
出発して36分で、道が2手に分かれる。登りは、雲冠寺跡を通過することとし、分岐を左手に取る。苔むした雰囲気がとても良い。昔の配置図が書いてあり、その一端を歩く。石仏、古井戸、石垣などが残っているが、いちいち確認まではしなかった。それにしても織田信長が焼き尽くした寺は滋賀県だけでも数知れない。阿弥陀三尊石仏の前で撮影する。あたりは大きな岩がごろごろとして、昔を偲ばせる。
阿弥陀三尊石仏(雲冠寺跡)


10分で合流点に出る。尾根筋の道を進む。結構急なところもあるが特に問題はない。笹を出てきて、ヒノキの樹林帯を登り切れば鏡山山頂表示と書かれた場所に出る。20名弱のグループが出発準備をしているところだった。とりあえず、展望デッキに少し階段を下ったが、腐食で立ち入り禁止とある。戻って先のグループの人に聞くと結構前から規制されているそうだ。出発を待って、ベンチに腰掛けお昼にする。急な予定で、持参したパンとおやつを食べる。バッグをベンチに置き、先の三角点に行く。三角点からは東方向が開け、比叡山から音羽山、湖南アルプス、阿星山、飯道山と山並みが続く。


右から比叡山から音羽山、湖南アルプス、阿星山、飯道山
鏡山三角点

写真を撮っただけで先のベンチに戻り、追加でおやつを食べ来た道を戻る。
帰りには医師の広場に寄ったが、ウラジロの中に岩があるだけの取り立てて印象に残る場所ではない。鳴谷池を過ぎてからは、ウラジロやその他の植物をかき分けながら花探しをしたが、やはりだめだった。20日くらいたっており、さすがに無理だった。戻った駐車場は車でいっぱいになっていた。曇り空では買い物だせいぜいなのだろう。
撮影できたチョウは、クロヒカゲとムラサキシジミ、毎回撮影だ。モンキチョウも多かった。

キノコ
         
         
         
         
         

注釈
竜王町の鏡山に関する案内には、
万葉の時代より幾多の歌人に取り上げられた経緯が記載されている。その中で、藤原定家の『鏡山 君に心や うつるらむ いそぎたゝれぬ 旅衣かな』と、大伴家持の『吾妹子(わぎもこ)が 鏡(かがみ)の山の もみぢ葉の うつるときにぞ 物はかなしき』の2句が紹介されている。今回歩いた鳴谷コースは、途中に雲冠寺跡をめぐるコ−スが設定され、古をしのぶことができる。
ウイキペディアの中のゆかりの神社の章では、以下の記載がみられる。「竜王宮(滋賀県竜王町鏡山) - 山頂付近に聖徳太子26歳の時、自ら観音像を彫られ創建された雲冠寺(うんかんじ)跡がある。 雨の神・水の神ともいわれる八大竜王が龍王宮として祀られ、寺院の守護をした。」(ウイキペディアより)、また嵯峨天皇の時代には、最澄に勅旨が下り再建された。堂塔僧坊五堂、精舎1000坊が立ち並んだ壮観な様子だったそうである。

コースマップ(YAMAPより引用)

(国土地理院の地図を引用)

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作成日: 2019年7月23日