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2005.6〜11号までの感想




本誌・フルーツバスケットの感想




2006年24号


「…新しい宴会の始まり…だろ?


全てが終わり、私の頭の中も真っ白になりそうな勢いです。
元々、「フルーツバスケット」なんていう少女漫画の何処が
面白いんだろうと、そんな風にコミックスの横を素通りしていた私が、
ある日紫呉と出逢って、それこそ坂を転がり落ちるように
深みに嵌っていったのですから…

思い返してみれば、此処まで来るのも長い道程でした。
原作全体の掲載期間は8年4ヶ月。
その内、私は4年8ヶ月の時を透たちと共に歩んで来たんですから
感傷のひとつも浮かぶというもの。

フルバ最終回を読んで少し経ち、冷静になった今、
最初に作者に伝えたい言葉は「ありがとう」ですね。
高屋先生。長きに渡る連載、本当にお疲れ様でした。

<フィルターなしの普通の感想>
■表紙■
最終回の表紙を飾ったのは、透、夾、由希の3人でした。
あぁ〜懐かしいな。フルバ初期の頃。
あの頃はまだ3人共未熟で、幼くって。
ずっと先の未来のことなど、とても想像も出来ないような
そんな感じのスタートでした。
あれから随分経って、3人の中には色々な感情が芽生え、
それぞれの関係は初期の頃と異なってしまったけれど。
透明で爽やかな笑顔だけは、変わらないままで。
最初はこの3人で始まったから、最後もこの3人で締めなのね、と。
ちょっぴりセンチメンタルな気分になりました。

■扉■
「旅立ちは…いつだって笑顔で」
−着慣れた制服を脱ぐと、なんだか少し心細くて
不安だとか、迷いだとか、そんなものに負けてしまいそうになるけれど
でもきっと、大丈夫。小さく震えるこの指先に重ねられた温もりと
キミの名前という無敵の呪文があるのだから−

最後の扉は卒業式の写真でした。
写真の中では透を中心に、うおちゃん、夾、はなちゃん、由希の5人が
とても嬉しそうに、そして誇らしそうに、微笑んでいます。
あ、でも透の目には少し涙が光ってるかな。

ただ5人の門出を祝うと同時に、作者も、そして私たち読者も
フルバから卒業しなきゃならないんですよね。
それがもう如何しようもなく、淋しくて堪りません。

だって来月からは、本誌にフルバが載らないんですよ!(←当たり前)
はとりと紫呉の絡みが、もう見れないんですよっ!!(本音)
どんな話にも終わりはありますから我が儘言っても仕方ないんですが
これでまた楽しみがひとつ減ってしまうかと思うと、如何にも切なくて
仕方ないんですよう!!!

■きみと新しい宴会を始めよう■
温かな陽射しにも恵まれ、絶好の卒業式日和の中、
春に写真を撮ってもらう透たち。
カメラマンがはとりでないのが残念ですが、
みんな無事に卒業出来て何よりです。
花束を持つ紅葉の横顔が如何にも楽しそうで…
きっと送り出す側も、送り出される側も中々卒業と云う実感は
沸かないんでしょうけれど。それでも最後が笑顔で終わるのが
一番良いことですよね。

「私…楽しかったです。皆さんと過ごせた日々。楽しくて…宝石みたいで。
愛しくて、愛しくて……さびしいです…やっぱり」

高校生活の終わりを、卒業を実感するのは式の時ではなくって
日常のふとした瞬間。
透の場合は、自分と夾の部屋の掃除をした時でした。
空っぽになった部屋を見て思い出すのは、キラキラとした懐かしい日々。
紫呉宅との別れを惜しんで泣く透をギュッと抱き締めてあげる夾が
何だかとっても男らしかったです。
ホント透と出逢った頃なんて"腕白小僧"そのものだったのに
夾も随分、大人になっちゃったんですねぇ。(しみじみ)

「大丈夫だよ。今生の別れでもなし…新しい宴会の始まり…だろ?」

夾がこう云った後の、透の笑顔がとっても可愛くって…
「はい!!」と夾の腕を握り締め元気良く云った瞬間、
透のお腹の虫が鳴いたのには、思わず苦笑してしまいました。

透を喜ばせるのも哀しませるのも、全ては夾次第。
透を始め、夾も、私たちも。
みんな誰もが籠の中に入っている果物のような存在で。
所詮、世の中と云う枠の中に閉じ込められ、そこでラベルを
貼られながら生きていく哀しい生き物でしかないのかもしれません。
それでも、少なくとも彼らはもう、独りではないのだから。
これからは2人で新しい奇跡を生んで欲しいですね。

さて、透&夾が見せ付けてくれる一方で、由希&真知も
やってくれました!!
浮気されたと余計な心配をされるのは嫌だから、と。
真知に新居の鍵を渡す由希ですが、「そんなこと…別に思わない…」と
強がる真知が、もー、可愛いのなんのって。
そんな彼女を見て、鍵を窓から放り投げようとする由希のあの動作が
とってもステキ。(笑)
「嘘!!!」と慌てて叫ぶ真知に「人間、素直が一番だよね」と
微笑む由希がブラック過ぎて怖いです。
やー、最近、彼の性格は紫呉に似てきたんじゃありません〜?
何にしろ、由希は良い意味で立派な成長を遂げてくれました。

「追いかける。絶対、追いかける…っ」

由希が遠くの大学へ進学してしまうのは、淋しいし、同時に悔しいから。
「行かないで」という言葉をぐっと飲み込んで。
最後の最後まで強がった真知は偉いと思います。
時間が経つのなんて、きっとあっという間。
秀才な真知のことですから、きっと直ぐに由希に追いつくでしょうし、
彼の夢を支える良きパートナーになれるでしょう。

■きみの倖せを、希うから■
りっちゃんは、髪を切ってぐっと男らしくなりましたね。
逆に、髪が伸びた楽羅は以前よりもずっと、女らしくなりました。
ホント、今となっては初回登場のシーンが嘘のよう。
そして…紫呉が慊人のために小説家を辞めたのにも吃驚しました。

「ほろびましたぁ!!悪はほろびましたぁぁぁ!!!」

「よかったです!よかったですねぇぇぇ!!!」

と、手を取り合って、泣いて喜ぶみっちゃんとりっちゃん。
この2人が結婚なんてしたら、さぞかし面白い家庭になるだろうなぁ…
なんて思ってみたり。
でも、透と夾が倖せになって欲しいと云うりっちゃんに宣言した
楽羅の次の一言は、私の涙を誘うに充分でした。

「ダメダメちがーうっ。なるのよ絶対、倖せにっ」

この楽羅の愛する人を手放す勇気には、本当に頭が下がる思いです。
彼女だって、片想いの期間は半端じゃなく長かったわけで。
此処まで立ち直るのだって、きっと辛い思いをいっぱいしたと思います。
誰にだって、乗り越えて行かなくちゃならないものは幾つかありますが。
彼女は私にその厳しさを教えてくれた人でもありました。
大好きなキャラだから。絶対倖せになって欲しいですね、楽羅にも。

「…いいんだよ。明日もいっぱい、いっぱい泣いちゃえ。
だって、大好きなんだから」

明日は笑って透を見送るから、と涙を零す杞紗の頬に手を当て
泣いちゃえと励ます燈路。
ああああーーー王子さまだよ。サマになってるよ、ちゃんと。
燈路も大人になったんですねぇ…と感慨に耽るワンシーン。
何だかんだでこの微笑ましいカップルも大好きでした。

「そのうちボクもサイッコーの恋人みつけて会いに行くんだ。
みせびらかしに。だから、トールは倖せでいてくれなくちゃイヤだ。
これからも、笑ってくれてなきゃイヤだ」

透が笑うと、みんながあったかな気分になるから。
紅葉のこの言葉にも、胸がじぃぃんときました。
彼が大人になり過ぎちゃったのは残念ですが、
「そう…大人になった…」とぼやく春の性格は相変わらず
変わらないままで。面白くって。なんだか嬉しくなりました。
「アタシは別れればいいと思う……」と、すねるリンも良かったです。

紅葉も、春も、そしてリンも。
たくさん泣いた分だけ、倖せになって欲しい。
誰かのために泣くことの出来る人は、人の痛みが解る優しい人だから。
誰かを想い、その人の倖せを願える人は、ステキな人だから。
人生はただ辛いだけじゃなく、苦しんだら苦しんだ分だけ、
倖せも運んできてくれるんじゃないかなぁって、そんな風に思います。

「…でも、さびしくはあっても心配はしていません」

はなちゃんも師匠も、夾と透の旅立ちは淋しくも嬉しいことだと
そう考えているのでしょう。
透を一番利用したのは紫呉ではなく、実は師匠だったんではないかと
今さらながらに思いますが。
あれはひとえに夾を救うための行為であったから赦されたのでしょう。

それにしても…あのはなちゃんが師匠ン家の"まかないさん"って
いうのはどうよ。
真っ白になった夾の気持ちが痛い程解るんですが、
ま、まだ"母親"になるって決まったわけじゃないし。
大丈夫よ、夾。き、きっと。(←何の慰めにもなっていない発言/苦笑)

うおちゃんと紅野の遣り取りにも和みました。
旅立ちがわくわくするというのは、うおちゃんらしい。
自分ももう直ぐ行くから「ごちそう用意しとけよな」と云ううおちゃんに、
「とろろソバ?」と返す紅野も最高!!
紅野にはまだ後遺症があるみたいで、その姿は痛々しいですが
でもきっと、うおちゃんがいるから大丈夫。
彼らの未来にも幸多かれ、と願わずにはいられません。

さてさて場面転換で、残りは大人組みカップル。
透たちへの贈り物を選ぶ美音とあーや。
少し切なげな表情で"アヤ君"と呼ぶ美音が可愛いなー萌え〜
子どもの巣立ちは淋しいものですが、こんな時もあーやは
やっぱり大物でした。

「そうともさびしいっ。だから大人は鬱陶しいほどの愛を込めて
ダンボールにカップメンだの靴下だのメイド服だの入れまくり。
気持ちの代わりに届けるのさっ。その子の為に。どこへ旅立とうとも」

夢とか希望とか妄想とか、色々ダンボールに詰め込んでくれそうな
あーやですが、彼の表情がとても活き活きしてたんで
何だかこっちまで嬉しくなっちゃいました。
あーやの笑顔は、明るい未来の象徴みたいなものですから。
あぁ、それにしても。
由希に毎週"グッジョブな代物"を贈り付け、迷惑がられる
その光景が目に浮かぶようです…

あっちがあっちなら、こっちもこっち、ということでっ。
出てきましたよ!!陰の主役・我らがはとり。(笑)
繭ちゃん先生は短く髪を切って、無事、はとりと恋人同士に
なったみたいですね。
でも、暇が出来たはとりが最初にすることが…旅行、ですか。
しかも沖縄なんて。なんつーか、はとりに一番縁のなさそうな
土地ですよね。

「はとり君に似合わなさそうな感じがいい!!はとり君と南の島!!
はとり君と半袖シャツ!!」

うひゃひゃひゃひゃと笑う繭に私も一票。
そして直ぐ後、「あたしの水着姿のほうがシャレにならん」と
落ち込む繭ちゃん先生が…(笑)
「今さら…」と肩を震わせて笑うはとりも、
あーのろけですか、そうですか、というカンジで
"はぐれFan"としては複雑な思いなんですが……
ともあれ、長年の想いが報われて良かったですネ。
長い冬が終わり、この人たちにもよーやく春が来たようです。
この上なく倖せそうなはとりの微笑がとても印象的でした。

最後のカップルは紫呉&慊人ペア。
洋服姿の彼らを見て、紫呉が着物に袖を通し、小説を書くことは
もうないんだなぁ…と思うと、切なくなったシーンでもあります。
紫呉の和装も小説も。全ては慊人への想いの塊だったわけですね。
透を見送りにいかないの?という紫呉の問いに
「…行かない。いいんだ、だって。会いたいと思ったら、いつでも
会いに行くから」と答える慊人は別人でした。
微笑む慊人に「狡い子だなぁ」と云って、さりげなく腰を抱く
紳士・紫呉も別人ですが。
この2人が倖せを掴むのも、そう遠くはない未来のようです。
尤もその前に、きちんと犯した罪を償っていただかなくては
困りますけどね。(絶対零度の微笑)

■きみを想うよ、これからもずっと■

「おい、しっかりやれよな。バカ猫」

「…余計なお世話だ。バカ鼠」

由希と夾の交わした短い会話。
たったこれだけなのに、そこには色んな感情が渦巻いているような
気さえしてきます。
恋敵への激励というのはちょっとおかしいかもしれませんが、
何時だって歩み寄るのは由希の方で。
今回は夾の方から声を掛けて欲しかったな、というのが私の本音。
勿論、夾にしてみれば、そんなこと照れくさくて云えるか、という
カンジなんでしょうけれど。(苦笑)
優しいのは透にだけなんでしょうかねぇ……

「君は…俺の、母さんみたいな存在だった…」

きたーーー!!!!由希から透への最初で最後の告白ですよっ。
作者はこの日のために、由希の告白をとって置いたんですね。
確かに由希の成長の切っ掛けを作ったのは透だったかもしれませんが
でも、由希が今の由希で在るのは、由希自身の努力の結果だと
思いますよ。
だから、それは全然カッコ悪いことなんかじゃないと思います。
そして…フルバの本当の傍観者は紫呉ではなく、由希でした。

「だから、これから俺達。新しい環境でそれぞれの日々を生きていくけど、
でもふと君を想う。君は元気でいるだろうか。
泣いたりしていないだろうか。笑ってくれているだろうか。
君は、今日も倖せだろうか。そんな風に想うよ、これからも」

肩を並べて、共に歩く杞紗と燈路も。
春に躰を預ける依鈴も。
その細い肩をそっと抱き寄せる春も。
新しい風に髪を靡かせる綾女も。
目を閉じて、次なる季節の訪れを待つ楽羅と利津も。
その存在の温かさや優しさ に触れ、喜びを噛み締める
紅野やはとりや紫呉も。
明日という小さな希望の光を胸に抱く紅葉も。
未来へ繋がる夕焼けを仰ぐ慊人も。

ただひとつ、希うのは透の倖せ。

「…わかってないよなぁ。おまえ…おまえはさ。
おまえが思っている以上に、みんなに…愛されてんだよ」

夾のこの台詞を思い出して、ボロボロ透が泣くシーンは
本当に、本当に…秀逸でした。
透は何かをするためではなく、みんなから愛されるために
倖せになるために生まれてきたのだと。
そしてその道筋を作ったのは、他ならぬ母・今日子であったと
そう思い知った瞬間でした。

「ありがとう…君に会えて、良かった…君がいてくれて良かった。
ありがとう…ありがとう…ありがとう"透"」

(きっと来る。その時に伝える事もできるはず。
たくさんのありがとうと一緒に。曇りなく、まっすぐに)
(コミックス15巻・93&94頁参照)

高屋先生は連載当初から、既にこの最後を予期していたんでしょう。
否、もしかするとフルバは此処から始まったのかもしれません。
由希のこの言葉は、十二支の想いをただ代弁しているだけでなく、
私たち読者の気持ちを、ひいては作者の気持ちをも
透に伝えたんだと思います。

ある日、みんなの前に、ひょっこり現れた"透"という存在。
それこそ、どこにでも居るような、ちょっと天然の入った
普通の女子高生でしたが、彼女は母の愛だけを胸に、
冷え切った十二支の心を徐々に暖め、溶かし、癒していきました。

仮令昏く鎖された呪いが解けても、十二支にとっては
彼女こそが希望の光であることに、今も変わりはないのでしょう。
だからこそ、透にはいつまでも輝いていて欲しい。
誰よりも、倖せになって欲しい。
透が無償で惜しみなく注いだ愛は、今、まさに別の形を以って
報いられたのであります。

(ありがとう。いってきます。)

最後に透の手を離したのが、由希で本当に良かった。
透を最初に迎え入れたのは由希でしたから。
最後に送り出すのも、彼でいて欲しかった。
それが叶って本当に嬉しい。とても嬉しい。
由希はまさに、最初から最後までずっとこの物語を見ていて。
この物語と共に歩み、成長した人物でした。

(一緒に手をつないで。うれしいことやかなしいことをくり返して
そうやって歳を重ねていくんだよ)

おじいちゃん、おばあちゃんになっても。
2人で寄り添って、手を繋いで。同じ歩幅で。
母の最期の願いが確かに叶ったことを、最後のシーンは
証明しています。

透がどんな人生を歩んだかは、ラストの写真で解るように
なっていますが。
此処だけは、語らずに。
その余韻をじんわりと味わいつつ、また時間を置いて
フルバを捲りたいと思います。

泣いても笑ってもこれで本当に最後。
色々と思うところはあるけれど。
フルバのために得たものも、失ったものもあったけれど。
それでも。

小心者の私にサイトを立ち上げさせてくれて。
たくさんの人と出逢わせてくれて。
いっぱいいっぱい倖せを……

ありがとう "透 "

そして

ありがとう "フルバ "

<フィルターありの邪な感想>

綾瀬:「今日はフルバ最終巻発売日のため、半休で帰ります!
とは流石に言えませんでしたが」

紫呉:「でも、途中で帰ったんだよね?」

綾瀬:「う。だってだって…一刻も早く帰って更新したかったんだもん!」

はとり:「ダメ社会人の典型的見本だな」

綾瀬:「…いいのっ。この記念すべき日に更新したかったんだもん!
というわけで、全ての想いを込めて更新をしてみたり。
長く続いたTalkも此処でひとまず完結。
お付き合い下さった方、本当にありがとう御座いました!!!!」


―――――――――――――――――――――→岐途


雪の一片にも似た白い鳥は、ゆっくり夜へと滲み始めた
寒空の中を、柔らな一筋の線を描きながら
やがて何処へともなく飛び去った。

空の端に薄っすらと透けている白い月は、
これから沈んで行く残月のようで。
煙草を片手で揉み消しながら、紫呉は最後の烟を吐き出した。

一日の中で最も胸を締め付けられるのは、大抵この時刻だ。
擦り硝子は寂然と鎖されていて、人の気配すらない。

焦げた麺麭パンの苦さに顔を顰めていると、
何処から吹くか解らぬ風がすうと嘲笑うかのように吹いて。
その匂いに、軽い失望を覚える。
つい先日までは、かまびすしいほど賑やかな笑い声があったと云うのに
今は夜が更けるに任すが如く、うちは物静かであった。


夾と透が去り、続いて由希も去った。
また独りだ、と。声には出さず呟く。
何と云うことはない。元の生活に戻っただけの話なのに、
言葉にならない虚しさが、躰の中で埃のように舞い上がった。


あの日、誰もが運命からの解放と、新しい主を望んでいた。
透を宅に招いたのは、十二支ぼくらを絆と云う鎖で無理やり縛りつけようとした
慊人かみさまへの意趣返しの積りだった。

――すべてを、奪ってやろうと思ったのに。

奪われたのは己の方だなどと不満を零したら、
人は自業自得だと嗤うだろうか。
染めの剥げかかった羽織を手に取り、溜め息を零す。

襯衣シャツ洋袴ズボンも昨日から着ている服で、その襟垢に気を留めながらも、
今さら着物に袖を通す気にはなれなかった。

畳に散らばったままの黄ばんだ原稿。
もう昔のように作物さくぶつのことで呻吟することはない。

苦悩に満ちたあの葛藤の日々を思えば、今は寧ろ手に入れた自由を
喜ぶべきではないか。
そう。これは孤独ではなく、解放なのだ。


少時しばらくすると、廊下から一筋、零れかかっていただけの灯りが
徐々に幅を広げ、はとりの首が忽然と現れた。
それまでの薄暗さに慣れた目には余りある眩しさを、
眸を細めることで凌ぐ。

「……あ」

「何を驚いている。お前、また鍵を掛け忘れただろう…」

彼は影から先に浸入はいった。
紫呉は漣だった動悸を隠し、半ば呆れたように此方を見遣った
はとりに向かって、緩い口調で呟いた。

「なんだ。はーさん…来ちゃったの」

お前独りでは心細かろう、とはとりの瞳は語っていた。
不意に彼の手が伸び、消毒液の匂いのする胸に抱き寄せられる。

「これからは毎日、此処に来るからな」

「それって……」

云いかけた言葉を、隙間風が唇の先からもぎ取ってゆく。
次の瞬間、はとりは風から護るように自分の背中に手を廻し
くぐもった低い声で囁いた。

「察しの悪い奴だな。人が折角、プロポーズしてやったのに」

「ぷ、ぷぷぷプロポーズ!!!??はとりが僕にッ!?」

「なんだ?俺が相手じゃ不満か?お前みたいな変態を
もらってやるって云ってるんだぞ」

彼の体温がこんなにも心地良いことに、紫呉は不安と眩暈を覚えた。
背中に廻された腕に、少しずつ力が込められていく。
紫呉は、苦悩に満ちた深い湖の底のような蒼い瞳がゆっくりと
自分の上に降りてくるのを夢のように見ていた。

「本当に?僕で…良いの?」

ほんの二、三秒、目に見えない契約を交わすように微笑み合う。
喰い入るように注視みつめるその瞳が、お前じゃなければ嫌だ、と
直接じかに語っていた。

温かい乾いた唇が重なり、二つの鼓動が一つになって共鳴する。
抱き合った時、無意識に髪を撫でるのは彼の癖だったが
その細くて長い指に触れられるのは、堪らなく心地良くて、好きだった。
乱れた息に乗せて、肩が大きく上下する。
やがて紫呉は唇を僅かにふるわわせながら、はとりから離れた。


「でも、駄目だ。僕じゃ駄目なんだよ。はとり。
僕も僕の道を歩くから。君もちゃんと君の道を歩いてよ」

「何を今更。引き返せるものか」

苦いものでも噛むかのような低い声だった。
紫呉は両手を広げ、はとりを落ち着かせるように云った。

「今なら、まだ間に合うよ」

「俺を救ってくれたのはお前だろう?紫呉」

「君を救ったのは君自身だよ、はーさん」

「それでも俺は――お前を、お前との未来を諦めたくないんだ!!!」

普段のはとりからはとても考えられない程、冷静さを欠いた声。
その切実な、縋るような勢いは、余韻となって
激しく紫呉の耳を打ち続けた。

何かが己の裡の、遥かな深みから突き上げてくる。
それは、殆ど感動にも似た異様な感情。
そう。自分はこれ程までに彼を、愛していたのだ。
それも深く、熱烈に。

不意に、瞳に浮かんだ小さな雫は、瞬く間に頬を滑り落ちて、
襟許の闇へと消えた。

それは――煌く暇もない一瞬の涙。
ほんの束の間の、濡れた空白。
後には何の跡も残さないまま、ただ乾いた目と頬とが残った。


「紫呉――お前が、好きだ。誰よりも」

闇を剥ぐ程の強い光を湛えた眼差し。
その余りにも清冽で凛とした声に、胸を突かれる。
紫呉は喉に込み上げてくる熱い塊を飲み、やっと声を出した。

「ありがとう。はとり。僕も君が大好きだ。この世の誰より、特別だ。
大丈夫だよ。仮令どんなに遠く離れていたとしても
僕たちは今も、昔も。そして未来も。ずっと繋がっているから。
それに僕を待ってくれる人がいるように。
君にも…君のことを、待ってくれる人がいるんだろう?」

だから僕も、と。
深く息を吸って、空を仰ぐ。

「…あのが呼んでるから、僕は行かなくちゃ」

闇の中から掬い上げたのは、一輪の椿。
刹那。
深い色の瞳が見開かれ、はとりの戦慄いた唇が僅かに緩んだ。
それは声のない、淋しい微笑だった。

倖せになって、と幽かな唇の動きだけで告げた
その遂に声に出来なかった紫呉の沈黙を断つように、
彼は背を向けた。

はとりの足音が、一歩、また一歩と遠ざかって行く。
灰色の闇を滲ませ出した天井を朦朧と眺め、これでまた独りだ、と。
紫呉はもう一度、胸の裡で繰り返した。
寥々とした閑寂さが今はただ、胸に辛い。

振り返って傍に居て欲しいと。
酷く無防備で寒そうな背中を掴まえ、たった一言、
そう叫びさえすれば、はとりは間違いなく戻ってくるだろう。
今、この瞬間なら、間に合うかもしれない。取り戻せるかもしれない。

でも、これで良い。きっと、これで良いのだ。
その時、確かに自分たちのみちは、初めてまじわった。

仮令、同じ物を見て、同じ場所に立って居られなくても。
二度とその胸に抱かれる事が無いとしても――
かけがえの無い時間を、何かを、共有した。
それでいい。
そうしてまた、わかれていくとしても。

彼の心に自分という姿を、その存在をほんの少しでも残せたのなら、
それはどんなに嬉しいことだろう。
倖せなことだろう。

人の世に生み出された幾つもの細い糸は、
一見、それぞれ何の繋がりもないようでありながら複雑に絡み合い、
時として信じられない絆で結ばれている。
自分はそれに導かれ、はとりと出逢うために生をけたのだ。

喉首を反らせ天を仰ぐと、昇りきっていない月は、
夜空に揺蕩たゆとうように淡い色を放っていて。

その向こうに浮かぶ未だ見えぬ途は、白く浮かび上がり
ただ何処までも遠く続いていた。

紫呉、と。
最後にそう呼んで微笑んでくれたあの人の声音は、今も胸に木霊する。




        了 ←――――――――――――――――――――











2005年15号〜2006年23号



Sorry, I have been and continue to be published ...


※23号までの感想は「花ゆめネタばれ専用BBS」にて掲載中。











2005年14号


「僕は慊人の"父親"になりたいわけじゃないんだよ


と、とうとう感想更新がコミックスに追いつかれちゃいましたよ。(滝汗)
怠慢も此処までくるといっそ哀れですが、折角なんで少し触れて
おきましょうか、ねぇ。
まず、カバーの裏。そうくるか、って思いました。
肉☆天使と翔が主張してましたが、真逆、本当にステーキ食べてる
小牧ちゃんが登場するとは…作者も大変だなぁ。(遠い目)

内容については特に触れるところはないので、"あなうめらくがき"に
ついて二言。
スーツを着た紫呉を見て、はとりとは大違いで胡散臭いと思うリンの図が
良かったです。
意外だったのは、幼少時にリンが紫呉に懐いていたということですが…
これで、「ぐれ兄」と「とり兄」の呼び名の謎が解けました。
や、結構親し気な呼び方だったんでちょい不思議に思ってたんですよ。
あとは…シーツ越しでもやっぱり変身はありなのね、と。
透&夾(ネコ)の図を見て、微笑ましく思ってみたり。

そーそー、コミックス絡みでもうひとつ。
BBS2にフルバは20巻で終わるんじゃないかと書きましたが、
良く考えれば既にそれ以上出てますし、終わるわけないんですよね。
最近、真面目に感想を書いてないので、調子も狂いっ放し。
若しも管理人がおかしなコトを書いてたら、遠慮なく突っ込んでやって
いただけると助かります。(めそ)

<フィルターなしの普通の感想>
■扉■

「雨の日が少しだけ…優しく思えるようになりました…」

傘を持って、空を見上げて。
止まない雨はないし、明けない夜もない。
どんな苦しみにも、何時か必ず終わりは来るから
怖がらずに顔を上げてご覧。
そんなわけで、勝手に解釈なんぞしてみましたが、
扉はゴスロリちっくな服を着た杞紗でした。
美少女萌え〜には堪らないイラストなんだろうな、と。
そんなことを思いながら、自分もニヤリ。
辛い思いばかりしてきた杞紗ですが、どんな時でも希望の光を
見失わないよう逞しく生きて欲しいですね。
何時か雲ひとつ無い、虹の掛かった空が見えることを願って。

■動いてゆくものもあるのだと、知って欲しいから■

「そうして閉じ籠っていれば、自分が思い描いた"世界"になるとでも?」

慊人の思い描く世界と現実の世界は、あまりにも差があり過ぎて。
自分の殻に閉じ籠ることで現実を否定しようとする慊人に
外から呼びかける紫呉。
他者のアドバイスに全く耳を傾けようとしない慊人に、紫呉も途方に
暮れているのでしょう。
根気良く説得を続けようとしている処へ運悪く紅野がやってきます。
動じた紅野を臆することなく睨みつけ、去って行く紫呉。
相変わらず際どい三角関係ですが、紫呉の紅野への態度は
やっぱり大人げないなぁ、と溜め息が零れます。
あれじゃ、慊人が意固地になるわけですよ。

「あんな冷たい奴、もう知らない…っ」

本当に辛い時に傍に居て優しくするのが当たり前、と主張する慊人。
何時までも不変なままでなく、時も人間も感情も動いているということに、
そろそろ気づいて欲しいと願う紫呉。
「相手を忖度する」ということが、この二人には欠けているのでしょう。
紫呉は他人を操るのが比較的上手い方だと思うんですが、
慊人にはかなり苦戦しているようですね。
淋しそうな彼の顔を見ると此方も哀しい気分になってしまうのですが、
これも紫呉に与えられた一つの試練だと思って乗り越えていって
欲しいと思います。
本当に大切なものは、簡単には手に入りません。
それでも。
簡単には手に入らないからこそ、尊いのではないでしょうか。

■求められた優しさに、応えることが出来なくて■
さて、十二支の間でも時は少しずつ、確実に流れていました。
紅葉と擦れ違う度に、留学生かと振り返る女子生徒。
アイス食べたり、ウサギのリュックを背負ったり、
根本的なところは昔の紅葉のままですが、
彼は確実に成長をしていたのです。

「ボクね。背が伸びて嬉しいんだ。小さい時だって小さいなりに
楽しかったし、小さくなくちゃできない事も許されない事もあったけど
ボクだってやっぱり男だから」

少しずつ紅葉の中に芽生えていた新しい感情。
仲良く並んで手を繋いで。
どっから見ても仲の良い恋人同士にしか見えない透と紅葉ですが
こういう光景が見られるのもあと少しかと思うと、少しだけ淋しかったり。
叶うのならば、彼には何時までも小さいままで居て欲しかったです。
小さいけれども、それに負けないくらい大きな夢を持って前に進む
紅葉が好きだったから。

で、透がアイスケーキという言葉に動揺しているところで場面転換。
紫呉宅へ上がり込んでいる杞紗を訝しむ夾ですが、
此処で彼女を威嚇するなと燈路が登場して案の定バトルへ…でも。

「なんだその『俺が一歩引いてやるよ』って態度は」

口の悪い燈路ですが、妹と杞紗のために少しずつ変わろうと
努力してるんですね。
ただ夾曰く、逆に「ムカつきが増す態度」らしいですが。(笑)
そんな二人の遣り取りを見ながら、一生懸命夾に挨拶をしようとする
杞紗が健気で可愛かったです。
でも、燈路は気付いてるみたいですけど、基本的に夾が本気で
優しくするのは透だけなんですよね。(トホホ)
正直と云えばそうなんですが、夾にもっと愛想があれば
さらにモテルと思うのに…残念。(でも、人気投票は一位なのよね)

そしてまた、場面転換。
今回はこれが多くて話についていくのが大変だったりするんですが、
話は本家へ戻ります。
慊人の部屋から出た紫呉が向かったのは、はとりの家。
勝手に縁側へ座り込んで寛ぐ紫呉が最高です!!!

「飽きもせず…今日も慊人に嫌味を言ってきたのか?」

颯爽と現れて開口一番そう云ったはとりの台詞が、
何故だか妙に笑えました。
勿論、「ソレちょーヤバくなぁい!!?」と、女子高生の口真似をする
紫呉も笑えたんですが、こんな二人のやりとりが見ていて楽しかったり。
折角、はとりが手の内を慊人に見せてやれとアドバイスしても
紫呉には馬の耳になんとやら、ですから。

「…いい加減、年下相手に意地の張り合いはやめたらどうだ。
俺から見てもおまえは時々、慊人を心底嫌ってるみたいだ」

もう少し慊人に優しくしてやれ、とはとりは云うんですが、
所詮自分の優しさなど急ごしらえの後づけ品、と切り捨てる紫呉。
幾ら優しくしてみたって、はとりのような本物の"優しさ"には
敵うわけがないと言い張る紫呉ですが……
難しいですね。本当の優しさって、何なんでしょう。
正直、紫呉だって傷つきながらも、それなりに頑張ってると
思うんですよね。あの慊人相手に。
これは紫呉自身が云っていたことですが、誰だって本来的には
自分が一番大切なんです。
癒すより、癒されたいと思うのが普通でしょう。
自分がある程度満たされて、初めて人に優しくなれると思うんです。
本物の優しさを自分に持てない人間が、他人に本物の優しさを持って
接するのは難しいですよ、きっと。

「何故だろう。例えば両親の愛というモノも別段欲しいと思わなかったし、
正直、物の怪憑きという現実も僕自身にとっては大した痛手でも
ないし…」

徐々に明らかになってゆく紫呉の内面。
温もりを知らずにいれば、傷つくこともない。
何時だって嫌なことは、目を閉じていれば過ぎて行く。
何も感じない方が楽で良い、という生き方が彼のスタンスなのでしょうか。
人に厳しく、自分には甘く、自ら選び取った楽な生き方。
実はそれが一番、辛い生き方だとは知らずに……

(これを"歪み"と呼ぶのなら、僕はまさにそれだろう。そしてそれすらも
"悲しい"と思えないのは、とてもさびしいことかもしれない)

冷たい心には欲も願いも生まれないから、涙も生まない。
本当に泣きたい時に泣けないのは、悲しいと感じることが出来ないのは、
矢張り、彼が云う通り淋し過ぎます。
幾ら紫呉の頭が優れていると云っても、知識でもって
人の感情や痛みを理解することは出来ないでしょう。
己の感情を押し殺して仮面を被る生き方は辛いですよ、ホント。

「…慊人がもっと君のように寛大で、紅野クンのように無心な
そんな"優しさ"を僕にまで欲しがっているのだとしても無茶な話だ。
僕は慊人の"父親"になりたいわけじゃないんだよ」

こんなにも本音が出ているのに。
誰かを傷つける結果になっても手に入れたいものがあると思っているのに
何故、自分から動くことをしないのでしょう。
仮令、無駄だと解っていても、がむしゃらに直向に何かを求めること……
それが十二支の大人世代には欠けていると思うんです。
はとりも、紅野も、そして紫呉も。
みんな楽な方、安易な方へ流されるまま生きているような
気がしてなりません。

でも。
果たしてそれが大人の生き方なんでしょうか。
傍観者で在り続けることが、悟りすました顔をして生きることが
カッコいいことなんでしょうか。
やってみなければ解らないこともたくさんあるのに、
志をいとも簡単に捨て、努力をする前に諦めてしまうのは
何処か勿体無いように感じます。
初めから無意味だなんて思わずに、子供世代のように
彼らにも無茶な事に挑んで欲しいですね。
それで駄目なら、またゼロから這い上がってこればいいんですから。

■夢見るべきものは、そこにあった■
さて、紫呉(保護者?)の居ない間にも、たくさんの人数が集まって
紫呉宅は大賑わい。
この家保護者いらないよね、と呟く春の言葉にご尤も、と
思わず頷きそうになりました。
賑やかなことは確かに良いことだと思うんですが、これだけ人が
集まってくる家と云うのも在る意味、珍しいですよねぇ…
…それだけ透に包容力がある、ということでしょうか。
相変わらずラブラブな透と杞紗が愛くるしかったり、
バーベキューをするために机を燃やそうとする春が天晴れだったり、
ほのぼの〜な雰囲気が続いているんですが、
陽の当たるところへ時折、陰も射します。

「他の十二支にも訊いてみるといい。"幽閉を知ってたんですか。
心の底では見下していたんですか"って」
(コミックス19巻・24頁参照)

こんなに楽しい時でも思い出すのは暗い紫呉の言葉。
とても明るく、優しく自分に接してくれる十二支を眺め
そんなことはない、と首を横に振って考えないように
しようとする透が、可哀相で仕方ありません。

「ね、夾って…さ。透の事が好きなのかな…」

夾が透を好いていることに気付いたのは、由希と春だけでは
ありませんでした。
反対ではないけれど、夾は猫だから心配を隠せないといった
燈路は、お節介焼きというか何といいますか……
でも、あれが何時も憎まれ口を叩いてばかりの
彼なりの優しさなのかもしれませんね。
そして、足踏みしている夾を不甲斐なく思う十二支は
燈路以外にもう一人居たのです。

「…トールはボクのプロポーズを受けてくれるかな?」

背が伸びて大きくなった紅葉からの宣戦布告に戸惑う夾。
真逆、あの紅葉があんなブラックな表情をするとは私も吃驚。
悪趣味な質問かもしれませんが、こうでもしなければきっと
夾は危機感を感じないと思ったから。
紅葉なりの、賭けだったのかもしれません。

「自分以外の男にトールを奪われたら悔しくないの?」

簡単に諦めるのは良くない、と夾の前に立ち塞がる紅葉。
倖せになる為に何をすべきか。
由希も、そして紅葉も必死なんですね。
彼らは彼らなりの方法で、夾の背中を押すことにしたのでしょう。
透には、誰よりも倖せになって欲しいとそう願っているから。
そしてそんな彼らの後押しに、「もしかして俺……バレバレか!?
バレバレなのか!?」と動揺する夾が見ていてとても可笑しかったです。

その後、十二支+透+猫は庭で炊き出しを始めました。
そこへ帰ったきた紫呉が「ただいま子ども達ーーパパだよーー」と
両手を広げたのには吹き出してしまいましたが、
こういうところを見ると、相変わらず掴めないお方と思ってしまったり。
ギャグとシリアスを瞬時に使い分けることの出来る紫呉は
色んな意味で凄いと思います。

「夢に見るべきだったのは、君だったのかもしれないなぁ…
僕みたいな人間にこそ必要な存在だったのかもしれないなぁ…」

透を流し目で見遣った紫呉が、ポツリと呟いた言葉。
もしも、もっと早く透と出逢っていたら。
こんな狡猾で卑怯な人間でなく、素直な人間になれていたかもしれない。
どうしようもないほどの歪んだ感情を、受け入れてもらえたかもしれない。
何も飾らず、何も隠さず、安心して心の底から倖せだと思える場所が
見つかったのかもしれない。
全ては"もしも"の話ですが、紫呉が透にそんな感情を抱いていようとは
夢にも思いませんでした。
かつて透のことを「僕には少し綺麗過ぎる」と云っていたあの紫呉が
こんなことを云うなんて。こんな哀しげな表情をするなんて。
慊人の件で相当参って思い詰めている証拠なのかもしれませんね。
余談ですが、この<宴>に出席しそびれた楽羅とリンが師匠の家で
口論しているシーンは結構好きかも。
何だかんだ云っても、この二人、仲良いんですよね。

(時は動く。歩み始める。人間も、感情も。だから君にも
早く来てほしいのに)

純情そうでない人間に限って結構、純情なのね、と
思い知らされたモノローグ。
思い返せば、今号は最初から最後まで紫呉に焦点の当たった
珍しい話なのかもしれません。
暗闇から自力で抜け出して、早く自分の処へ来いという紫呉の思惑は
不変を信じ続ける慊人に通じるのでしょうか。
今日子とではなく、夾と一緒に居たいと願う透の想いは
過去に縛られ続ける夾に通じるのでしょうか。
クライマックスへ向けて一直線のフルバにドキドキしつつ、
以下、邪な感想の復活なのです〜!!!

<フィルターありの邪な感想>
邪な感想を最後に書いたのが、2004年22号。
そう考えると、あれから1年以上もお休みしていたわけですから
勘も鈍るというものですよー
試しに過去のものを読み返してみたんですが、結構恥ずかしいこと
書いてますねー……(途中でパタン/滝汗)
ど、どのくらい、前の暴走具合にまで近付けるか解りませんが
精一杯やってみますんで、
色んな意味で見捨てないでやって
いただけると泣いて喜びます。


綾瀬:「さてさてさて。そんなわけで再び舞い戻って参りました!
これからまた目一杯騒ぎますんで、どーぞ便乗してやって下さいなん♪」

はとり:「こんな感想…永久的に復活しない方が、来訪者のためだと
思うがな俺は」

紫呉:「はいっ。僕もそれに同感!!」

綾女:「何を云うんだいっ。ぐれさんっ。それにとりさんまで……
これからこの無能極まりないぐうたら管理人が
一筆書こうと筆を持っているのが見えないのかいっっ!?
素晴らしいねっ!!!彼女は文才の欠片も持ち合わせていないくせに
公害の如く己の欲望を世間に垂れ流しているのだからっっ!!!
どういう図太い神経の持ち主なのか合点のいかないところはあるけど
ボクはその我が道を貫く管理人の汚れきった精神を、
尊敬に値するものと思っているよっ!!!」

綾瀬:(パキン、と何かが割れる音)「……あ、ゴメン。
先に謝っておくけど、今回書いたSSにあーやは出てないから…」

はとり:「相変わらずやることが大人気ないな。全て事実だろう」

紫呉:「あーや、心配することはないよ…僕の出番を君に全て、
そう全てあげるから……(てゆーか、出たくないしね)」

綾女:「ぐれさん…君の熱き愛は、今確かに受け取らせてもらったよっ。」

紫呉&綾女:「よしっ!!」

はとり:「……おい。念の為に訊くが、はとり×綾女でもいいのか?」

綾瀬:「ンなわけあるかい…っっ!!あーやは今書いてるキリリク小説の
主役だから今回は敢えて外したのッ!!!というわけで煩い外野は
放っておいて、興味のある方は拙いSSも読んでいただけると至極光栄。
今回は、12号と14号をミックスさせてみました♪
あ、勿論"はぐれ"ですのでご安心下さい〜〜!!」



―――――――――――――――――――――→既往



「少し、待っていろ。そこまで送っていく」


煙草を揉み消しながらそう云った男の癖のない黒髪はさらりと流れ
影が、動いた。
西の山の端からは、夕焼けが赤い波のように押し寄せていて。
その大きく崩れ掛けた陽の眩しさに、葉が騒ぐ。
紫呉はゆるりと振り返ると――

「いいよ。だって、はーさん。今帰ってきたばかりでしょ」

それに送り狼になられても困るしィ、と風に乱れた髪を掻き揚げて笑った。
途端、はとりの端麗な面輪が渋いものへと変わる。

「誰が襲うか。莫迦も休み休み云え」

棘のある言葉が気に入らなかったのだろうか。
苦く笑った片頬に射す陽が、金色を帯びて眩しい。
だが、その投げ遣りな低い声には自分だけに解る優しさが滲んでいて
紫呉は苦笑を禁じずにはいられなかった。
融かし込むほどの茜色の陽は、二つの像の輪郭を朧にする。

暫くすると戸の軋む音がして、何時も通りのスーツを端然と着こなした
はとりが敷居を跨ぐのが見えた。
何故、彼はこうも自分の胸を温かくしてくれるのだろう。
少しでも早く彼の顔が見たくて、紫呉は覚束無い足取りで
砂利を敷いた路を走ると、そのままはとりの胸にポスン、と収まった。


「お前――若しかして誘ってるのか?」

凡そ感情と云うものが掴めないような低い声に
紫呉は小さく首を傾げ、困ったように微笑する。
別に誘っている積りはない。
それでも、陽の光に刻まれた整った輪郭を見ると
紫呉は不思議な気持ちの高ぶりを覚えずにはいられなかった。
優しさと逞しさが伝わってくるような広い胸板。
互いの微かな息遣いを感じながら、紫呉は束の間の安らぎを
はとりの肩に求めた。

恋情に胸焦がした昂ぶりと焦燥の日々は、
束の間の幻となって夕景に溶けて行く。






本家を出ると闇の匂いがすうと薄れ、代わりに
遠い昔に嗅いだ土の匂いが胸の中に流れ込んだ。
紫呉の足許に届いたのは、はとりの頭の影。
数歩離れ、背後に足音をつける。

少し先を歩くはとりの後姿は、近いようで遠くて
紫呉は少しばかりの不安と淋しさを感じずにはいられなかった。
置いて行かれるくらいなら、いっそ置いて行きたいという愚かな思いが
胸に去来する。

漸く緩やかな坂を上り終え、丁度階段に差し掛かろうとした瞬間、
赤い斑点がちらついた。
天地が逆転するような強い、眩暈。
視界に入る落ちかけた陽の光は、現との境を朧にする。

朦朧とした意識と躰を立て直そうとすると、急な突風に足を掬われて
翻った落ち葉が、紫呉を忽ち飲み込んだ。
はとりの口から漏れた叫びが、空を震わせる。

高く聳えた一本の木が、鬱蒼と生い茂った葉で
暮れなずんだ空を圧していて。
まだ微かに残っている光が、紫呉の瞳を刺した。


嗚呼。何と云う奇妙な既視感なのだろう。
その記憶に、もう一つの記憶が重なる。






高校時代の思い出に見捨てられ、一人取り残されてしまった自分。
そういう人間だっているんだ、とはとりが目を逸らして呟くと
喧嘩の沈黙よりも、もっと気まずい沈黙が場に落ちた。
綾女のように、気付かなかったわけではない。
知らなかったわけでもない。

こんなことは悪趣味だと、頭の何処かで警鐘が鳴っていたのに。
もうやめてやれ、とはとりの怒声が聞こえるまで自分は嗤っていた。
非道く追い詰められたような気がして、彼の後を追う。



――はーさんっ!!!」

紫呉は女の遺失物を片手に、叫んだ。
階段をトン、トン、トンと刻み足に降りて、彼の三段上で止まる。
如何して自分はこんなに必死になっているのだろう、と
息を弾ませていると。
未だ鎮まることのないその動悸を聞きつけたかのように、
はとりが上半身を振って振り返った。


「なんだ?俺はこう見えても忙しいんだ。用件なら手短に云え」

「…優しいんだね。その本……届けに行くんでしょ?」

「………あぁ」

「だったら、これも一緒に渡してよ」

そう云って、彼が拾いそびれた本を差し出す。
途端、はとりの肩眉が歪められ、咎めるような視線が紫呉を捕らえた。

「お前も一緒に渡しに行けばいいだろう」

「解ってないな、はとりは。僕が行っても彼女の機嫌を損ねるだけ。
だから、これは君からお願い」


「……解ってないのは、お前の方だよ。紫呉――


何故はとりがこんな顔をするのか、紫呉には理解出来なかった。
ただ、哀憐を滲ませた彼の表情が、まるでシャッターを切ったかのように。
ほんの一瞬の写真となって記憶に残った。
噛み締めた唇から、鉄の味が滲む。

「っ、ちょっと待ってよ!はとり!!」

咄嗟に放たれた叫びだけが、空しく、階下の向こうに
消え行こうとしている背を追った。

慌てた所為か、足が縺れ、視界が狭まる。
体勢を崩したのだと気付いた瞬間。
躰が、宙へ放り投げられたような気がした。

足が踏んでいるのは地ではない。
突如、急速に現実感を失って。
コマ落としの映像を見ているかのように、全ての景色が
緩慢に流れてゆく。
奇妙な具合に躰を捻りながら大きく急傾斜していく自分を見て、
はとりが何かを叫んだ。彼の手から書籍が離れ、宙へ舞う。
罅割れた窓硝子の向こうには、驚くほどの蒼い空が見えていた。






「…――い!!おい!!紫呉!!大丈夫か!?」

刹那、全ての光景が忽然と消失した。
耳朶の近くで囁かれた声が、急速に覚醒を促す。
何時の間にか西陽は、色のない白い夕暮れに変わっていた。

長い夢を見ていたような気がした。
歳月の流れで濾過した思い出は、自分の都合の良いように歪められて
記憶されているだけなのかもしれないけれど。
この腕の温かさだけは、あの頃と変わらなかった。
広い肩の影が、あの時と同じ墨色の薄物のように自分を包んでいる。


「全く馬鹿な奴だな。あんな場所で足を滑らすなんて」

はとりの冷静な顔は、怒りとは違う淋しい翳で蒼褪めていた。
安堵を隠して呆れたように装う声が、妙に柔らかくて心地良くて。
込み上げてくる言葉を懸命に飲み下す。
そうしなければ、染み付いた思い出に流されて
泣いてしまいそうだったから。
紫呉は、観念したかのように瞳を閉じた。

「ごめん。幾つになっても子供で……」

――今更、だ」

「もっと素直になれたら良いんだけど。慊人にも……君にも」

「無理をすることはないさ。お前が云った通り、
お前にはお前のやり方がある」

そろりとはとりの両腕が腰へ伸びたと思った瞬間、躰が宙へ浮いた。
はとりの指先からは、自分の躰を労わるような、柔らかく包み込むような
余裕のある優しさが感じられる。
その抱き上げるような立たせ方に、紫呉の瞳の芯が揺らいだ。

「お前が悪いと感じたのなら素直に謝ればいい。
無理に優しくすることはないさ。誠実さがあれば、想いは必ず伝わる。」

微温湯のような温かさが、十二支の関係を滲ませていることに
はとりもまた、気付いているのだ。
そっと爪ではとりのネクタイを引っ掻くような仕草をする。
瀟洒なネクタイは、かつて紫呉が彼に贈ったものだった。

背中ばかり見ていたあの頃。
少し距離のあった関係は、日を重ねる毎に縮まって、
やがて同じ夢を見るようになった。
物心付いた時からあった怪しい絆ではなく、
はとりと自分の想いを繋ぎたくて、結びたくて。
そのもどかしさから、絡めた腕に力を込める。

互いの温もりは、甘美で、それでいて何処か淫靡な、
ひとつになってしまいそうな感覚。
身を抱く腕の強さは、限りない安寧へと紫呉を誘った。
煩い程に打ち始めたこの胸の高鳴りは、当分、鎮まりそうにもない。


夕闇は一段と濃くなって、門灯の燈が薄く灯り始めた。




        了 ←――――――――――――――――――――


           突然、次回予想!!

次号発売後の感想のため、予想はお休みします。










2005年12号


「そういう…人間だっているんだ…」


此処最近…なんていうのは、真っ赤な嘘ですが。
この本誌を購入した当時、管理人は愛知万博の事前予約に
すっかり夢中になっていました。
当初は企業パビリオンなんて全く興味がなかったんですが
万博終了間近になってから急に、地元民(ジモティー)が
こんな貴重な機会を逃して如何する!?と焦り始めまして。
9月の2週目に年休を取って、同僚と行ってきました。

思えばこれまで見た企業パビリオンは、JR東海の超電導リニア館
(3Dシアターで熟睡。だって…あまりにも涼しかったんですもの。
ファンの皆様、ごめんなさい!)とブルー・マンモス(あまり記憶に
残っていないということはそんなに良くなかったんでしょう…)くらい。
せめて日立と三井・東芝館くらいは観たい(!)と思い、精一杯
戦ったのですが、実際に予約出来たのは、ワンダーサーカス電力館、
ガスパビリオン、大地の塔、それにオレンジ・マンモスくらいでした。

ついこの間まで「事前予約くらいで必死になるなんて…」と
冷めた眼差しで万博を見ていた人間が、公式サイトで
朝から晩まで躍起になってPCの「F5」を押しているんですから、
さぞかし滑稽なことでしょう。
それでも、いいんです。万博なんて自己満足。地元満足。
そして…それも去年のお話。

長い間、感想サイトを放置してしまい誠に申し訳ありませんでした。

<フィルターなしの普通の感想>
■扉■

("絆"に縛られた者たちの苦しみを、翼を失うことで真の翼を得た鳥は
どんな想いで見つめるのだろう…)

利津と紅野のこのカラー扉は、十二支の舞いシリーズの中でも
かなり好きなイラストになります。
だって、すっごく綺麗なんですもの。
最初見た時、ほうって溜め息零れちゃったくらい
引き込まれた一枚。
あとは、そう!!!りっちゃんの胸さえあれば
パーフェクト☆なんです!!(←何がだよ)
薄目を開けたまま、違う世界にいってる紅野もカッコいいし、
そんな彼の胸に手を当ててそっと瞳を閉じるりっちゃんが
女性みたいでとっても綺麗。
黙ってれば、カップルにすら見えてきて……
こう、上手く言葉に出来ないのがもどかしいんですが、
色っぽい艶やかな二人に惚れました。

■くるくると動く日常と恋愛■
透たちの居る世界はGW中真っ只中。
今年は何処にも出掛けられないまま自宅でせっせと
家事をこなす透ですが……
台拭きをしている最中、偶然夾の手が触れてしまってあら大変。
些細な日常から、思わぬハプニングが発生します。

「ごめんなさい!!」

「気にするな!!」

「それ…貸せっ。やっとくからっ」

「え、でも、あの…っ」

以下、バカップルのようなやりとりが延々と続くんですが、
思わずくらりとくる由希の心境が痛い程、よく解る会話だったり。
今日は用事があったんだ、と不自然なタイミングで
額に冷や汗を浮かべながら笑顔で嘘を吐く由希が
居た堪れなくてしょーがなかったです。
ホント、気付いてないのは当人たちだけ。
傍から見れば、二人がお互いを意識しあっているのが
モロバレで。いっそ、そのまま告ってしまえや、というくらい
良い雰囲気なんですよ……
母親と新しい恋人に挟まれた息子の心境、って
こんな感じなのね、と走り出した由希を見てホロリときちゃいました。

さてさて。
由希の陰謀(?)によって、ふたり家に取り残されてしまった
夾と透ですが、結局、二人の行き先は色気も何もないデートで
ただの"買い出し"。
あぁ、好きな人から「行きたいトコあるか?」と訊かれ、
頭に思い浮かんだのがスーパーだなんて…っっ!!!
花の女子高生が云うような台詞じゃないでしょう。
如何したって、主婦は辛いお仕事です。(涙)

「一緒…に……一緒にお出掛けできるだけで…嬉しいです…」

少し俯き加減になって頬を染め、殺し文句を呟く透。
そのあまりの愛くるしさに、思わず壁に頭を打ちつけ
(おまえこそ、そのカワイさは大丈夫かと!!思う俺は
エロオヤジか!?エロオヤジと同じなのか!?)
と動揺する夾が、見ていてとても楽しかったです。
何だかんだ云っても、やっぱり夾はまだまだ子供なのね、と
笑ってしまう、そんなシーンでした。
喫茶店でステーキを食べながら、夾のエロオヤジ化を電波で敏感に
察知したはなちゃんと、どうせあいつじゃ手を出せないと
あっさり云い放ったうおちゃんも最高。
無表情で、「一応呪っとく…?」と云った恵に「"一応"って何?」と
思わず突っ込みを入れたくなりましたが。
こういうフルバ特有のほのぼの〜な展開は、結構好きだったり。

■欠落した感情と残酷な台詞■

「やぁやぁやぁやぁよく来たね!!君から愛の電話をもらった時、
ボクの心に走った一筋の流星を君も感じてくれただろうか!!
さぁさ、ずずいとボクの城(自宅)へ靴を脱いで上がってくれたまえよ!!
そして今すぐこのボクの胸に飛び込んでくるといい!!臆するなかれ!!
さぁ!!さぁ!!」

今更ながらに…綾女って、よくしゃべるなぁと思います、ホント。
彼が話すと台詞だけでコマが埋まってしまいますね。
でも、毎度毎度、こうしてみんなの期待を裏切らずに女装姿で
出迎えてくれる綾女は、見ていて和みます。
その違和感の無さがステキ!!
彼には矢張り、「ボンジュ〜ルッ」という言葉が似合いますねっ。
仮令GW中であろうと、己の姿を飾り続ける綾女と美音のコンビは
まさに"ゴールデンペア"。
メイド姿のままで外へ買い物へ行く美音を見て、歯痒いほどに
意思の疎通がはかれていないと嘆く常識人の苦労が、
何故だか手に取るようによく解ります。

「…そっか、弟いたんだねぇ…」

由希を綾女と間違えて、照れ隠しのように笑って見せた女性。
由希が珍しく綾女の家へやって来たのは、"お風呂でバッタリ"の
報告ではなく、その"謎の女性"が引き金でした。
高校時代、生徒会のイベントでその女性と過ごした日々は、
綾女にとって決して忘れてはならなかった過去の遺物のようなもので。
謝ることすら許されぬ過去が、カリスマ性溢れる彼の口から
ポツリポツリと語られることになります。

「あの頃…兄弟高でもある女子高と親睦を深めるイベントを数多く
行ってね。必然、女子高の生徒会長ともよく共に仕事をした。
だが…わかっていなかったんだ。その少女が、特別な感情を持って
接し続けていた事なんて、少しも」

縋るように伸ばされた幼い手を振り払い、他人の気持ちに無関心で
傍若無人に生きてきた青春時代。
とても残酷なことをした、と後の綾女が振り返った事件は
高校時代、学校で起こりました。
ある日、勇気を振り絞って、「綾女君のことが好きです!!」と
告白してくれた女子生徒に、綾女は笑顔でこう応えたのです。

「なるほどそうかい。それはどうもありがとうっ。卒業しても
達者に暮らしてくれたまえっ…(中略)…おおっと、そうだ。最後に…
君の名前は?記念に憶えてあげても構わないよっ」

そう。その少女は、想い人に名前すら記憶してもらえない
憐れな存在だったのです。
勿論、当時の綾女に悪気はありません。
追い討ちをかけるように「君は個性が無さすぎて印象に残せそうにも
残せなかった」と云われた瞬間。
彼女が受けたショックは、永遠に忘れられない程
大きなものだったと思います。

「一人相撲…」

そう云ってくくっ、と可笑しそうに喉で笑った紫呉もまた
彼女の心の傷をさらに抉った人間のひとりと云えるでしょう。
しかも、紫呉の場合、彼女が傷付くと知りながら笑ったのですから、
綾女よりも性質が悪いと思います。
紫呉が馬鹿なことを云った所為で、綾女の軽口はさらに
エスカレートするのですが、当然、傍に居たはとりが見るに見兼ねて
二人を止めます。

「もう、やめてやれ。もう…充分だろう」

私が男なら、容赦なく二人に掴みかかったでしょうが
勿論、はとりはそんなことしません。
ただ、彼が物凄く怒っていることは表情からも解ります。
個人的にはちょっと止めるタイミングが遅かったような気もしますが、
此処にはとりが居てくれて良かった、と。
はとりがいなければ、綾女は彼女に引っ叩かれていたでしょう。

「…馬鹿みたい。あたし、馬鹿みたい…っ」

一人だけ空回りしていた虚しさとか、悔しさとか、惨めさとか。
そういうドロドロした感情があの「馬鹿みたい」という言葉に
繋がって行くんですね。
確かに、一人で恋愛をすることほど辛いものはありません。
手から本を落とし、悔しそうに泣いてその場から立ち去る彼女を
綾女は不思議そうに眺めます。
何かが欠けているということに気付いてはいるけれど、
それが何か解らないままで。
「彼女は何故泣くんだい?」と訊いた綾女に。
「それはつまりボクが悪いと言う事かい?」と問うた綾女に。
はとりは彼女が落とした本と資料を拾い集めながら
諭すような口調で呟きます。

「悪いとか悪くないとかそういう…事じゃない。傷つく人間もいるという
事だ……そういう…人間だっているんだ…」

善悪だけでは片付けられない問題。
親切だったり、好意だったり。それは誰もが持っているはずの感情。
特別なものではないけれど、その頃の綾女には致命的なまでに
「他者を思い遣る気持ち、慈しむ気持ち」が欠落していたのです。
綾女の心はきっと未熟で。
だからはとりは、敢えてこういう云い方をしたのでしょう。
何時か綾女が自分の力でそれに気付いてくれることを願って。
欠落しているものを自力で取り戻してくれることを願って。

■大切なものを気づかせてくれた愛しい人■

「気づく事ができたのは、美音さんのおかげ?」

恋人なんでしょ、と続けた由希の台詞を、綾女は驚きの表情で
受け止めます。
この時、フッと表情を緩めて微笑んだ綾女の顔がとっても好き。
矢張り美音は綾女にとって特別な子なんだと、
彼女が綾女を暗闇から救った唯一の女性なんだと、
改めて思い知らされたシーンでした。
一緒に居ると嬉しくて膨らんでゆく気持ち。
綾女は美音と過ごす時間の中で、<大切な何か>を
取り戻していったのです。

「倖せにできる確証もないのに君を好きだと言ったなら、
ボクの前からいなくなってしまうだろうか?」

美音の存在によって、初めて知った人を愛するという感情。
でも、それは同時に拒絶されるかもしれないという恐怖も
彼に植え付けました。
そうして綾女は、かつて自分がした残酷な行為を
省みることになったのです。

「あたしの倖せは…あたしが決めるの…美音はいなくならんのです。
美音はテンチョにゾッコンなので、ここにずっといたいのです」

この二人の不器用な告白は、とても印象的でした。
何と云うか、普段の二人らしくないところがとても新鮮で、
こういう二人が将来"オシドリ夫婦"になったりするのよねと思ってみたり。
フィーリング的にも息ぴったりの二人ですが、綾女にとって
美音が近くに居てくれたのは最良のことだと思います。
彼女がひょっこり現れなければ、きっと綾女は「傷つく」という
感情を知らないまま生きていくことになったでしょうから。

(ああ、そうか。そんな風に人間は傷つくものなんだね。他人を求めて、
踏みにじられて。そうかそれは残酷なことだったね。本当に)

泣きながら、そっと美音の額にキスをする綾女がまた良いんですよねぇ。
安堵と後悔の入り雑じった涙。

(『無関心』にとられるのは、こんなに寂しい事だったんだね。)
(コミックス6巻・180頁参照)

綾女が自分の総てを曝け出すのは、何時だって美音の前だけで。
彼女もまた、そんな綾女を温かい心で包み込む。
フルバの中では色んなカップリングが登場しますが、
この綾女&美音のペアは個人的に大好きだったり。

さてさて。
過去の回想が終わって、綾女は彼女のトラウマを「不幸すぎる」と
何時もの面白可笑しい態度で表現するわけなんですが。
学生時代、綾女にひどい振られ方をした女子生徒は
今や立派な大人になって、既に結婚していました。
ついた傷は癒えなくても、恋愛をすることを諦めなかった彼女に
由希は賞賛を送りつつ、綾女を諌めます。

「いつまでも不幸なままだと決めつけたらダメだよ。ついた傷は
消えなくても、もっと辛い事や凄く嬉しい事があの人の身にたくさん起きて
現在の笑顔があるなら、毎日毎日がんばってきた凄い人間だと思うから」

流石、由希は云う事が違いますねぇ。
もしも兄と弟が逆だったら、と思ってしまいましたが、
でも出逢ったばかりの女性をそこまで思い遣ることの出来る
由希は、はとりの云う通り"優しい子"だと思います。
綾女には、まだまだ足りないものがたくさんあるようですが、
それは今後、少しずつ改善していくものと。そう信じたいですね。

ところで、ひとつ残った疑問。
美音は、綾女が"物の怪憑き"であることを本当に知って
いるのでしょうか。
や、由希が推察する通り、綾女の性格では隠し通せるはずないんですが
モゲ太を引き合いに話を逸らすところがどうも怪しいなぁ、と。
結局、そのことには深く触れないまま美音が帰ってきたんですが、
一緒に翔を連れて帰ってくるところが凄いです。
黄昏じみた空気を纏って「けっこうイケるモンなんだな。"メイド"って」と
呟く翔も翔ですが、今回の一番の被害者は真知かも。
綾音お手製の文字、「厄除け」と描かれたレアなモゲ太をギュッと
抱き締める彼女の姿が、色んな意味で憐れでした。
そう云えば…若しも、彼らのカップリングが成立すると、
この5人はみんな親戚同士になるのよね。(ちょい複雑な気分)

と、そんなワケで長らく放置してきた感想ですが。
次回、予告通り14号から邪な感想が復活します〜〜〜!!


           突然、次回予想!!

次号発売後の感想のため、予想はお休みします。